【星幽塔】第二階層　水道橋で流しそうめん｜リアクション

【星幽塔】第二階層　水道橋で流しそうめん

　
　その頃、上流の星見の間では、調理班が準備に大忙しだった。

　製麺されたそうめんを流すのは、ぬいぐるみのミニゴーレム達である。
　以前アステリズムから受け取ったものに、月詠自身がチューンナップをかけた代物である。
「一定のタイミングで定量の素麺を流して」という月詠のコマンドを忠実にこなし、素麺を半自動流し状態にキープしている。
　無論なにかトラブルが発生すれば、すぐさま対応が可能。
　おんぼろオートマトンは力仕事に割り振り、料理に興味のあるほしびとたちは調理班として料理に専念できる。
　
　そうした料理専門のチームの中で、ひときわ異彩を放つのは寝子島出身の月詠だ。
　取り出すのは巨大な大鍋、そして武器とも見まがう巨大な包丁。
　月詠自身が冒険のさなかに入手した素材に、自ら武器工房で鎚を振るって鋳造した一品ものだ。
　巨大な純白のまな板に、寝子島産の胡瓜、人参などを据えて、手早く切り刻む。
　青々としたレタス、みずみずしいセロリを添えれば、サラダの完成。
　そうめんに混ぜて流せば、彩りも豊かになる。
　瞬く間にカット野菜の山ができあがっていく。
　そのどれもが精密に同型でカットされ、調理人の細やかな心使いと、卓絶した技量をうかがわせる。
　寝子島の魔女の名をほしいままにする月詠。
　魔術の奥義もアートも、料理も彼女にしてみれば同じ事。
　レシピと寸分狂いのない量の素材を、精密な技量と集中力で仕上げていくこと。
　料理と言うフィールドも、彼女に取ってみれば、奇跡を実現するための舞台なのだ。

「核熱トマトに、ジャック豆か･･････」
　星幽塔特産の、すこし変わった果物。
　一寸扱いを間違えれば、危険な武器にもなりかねない代物である。
　包丁を鮮やかに扱い、起爆材に当たる種を丁寧に外していく。
　ゼリー部も発火物質が含まれ若干危険だが、ここが旨味のポイントなので、残しておく。
　ジャック豆は大型の鍋でむらなく茹で上げる。
　エリクシル・ハーブ、香草類も星幽塔には事欠かない。
　そこでまな板を取り替え、新たなまな板にドラゴンステーキをのせる。
　野趣溢れる大型の肉塊を、そろりそろりと繊細に切り分けていく。
　薄切りになった赤身肉を丁寧に盛り付けていく。
　その鮮やかな手際に、皆が拍手を送った。

　豚肉、その他魔物肉。さらにまな板を濯いで臭いを消して、蛸や烏賊の切り身。
　第二階層産の産地直送品、第九階層の本格的なシーフード、第四階層の蟹ももちろん外せない。
　鮮やかに包丁を駆使して、三枚に下ろし、殻を外して、刺身のお作りを完成させていく。
　舟盛りにした刺身を、水路にそろりそろりと流していくと、そうめんの白い流れを切って、お作りの船が疾走していく。
　後を追うのは固形チーズのスライス。酒飲みのための箸休めの一品だ。

　そうこうしている内にも、月詠の心は製麺に移っている。
　せっかくなので、少し変化がほしい。
　分量を調整し、韓国冷麺、汁なし担々麺、ローメン、さらにはパスタをアレンジした麺類をどんどんと製麺していく。
「同じ小麦で、素麺にもうどんにもラーメンにもパスタにもなるんだよね。不思議だよね･･････」
　誰に呟くともなく、月詠が独り言を言う。
　僅かな素材の違いで、錬金術の究極の秘宝が消し炭になることもあるのが、魔術の世界だ。
　ほんの少しの匙加減で、大きく運命が変化する。
　そうした運命の変転に、魔女はつかのま思いをはせているのかもしれない。
　突如水路から飛び出してきたスライムを有無をいわさず一刀両断し、魔女は空想から帰還する。

　調理済みのスライムはスケッチブックに保存。
　世界の深奥に触れて、その摂理を操る。魔女の孤独な探求は続く。