【星幽塔】第二階層　水道橋で流しそうめん｜リアクション

【星幽塔】第二階層　水道橋で流しそうめん

　それまで鏡面のように静かだった水路が、にわかに沸騰したかのように泡だった。
　――来る。
　誰かが呟いた。
　その声に反応するかのように、あたかも若鮎が群れて跳ねるかのように、白い水しぶきが盛大に跳ね回って･･････。
　ーースライムだ！
　大小様々、流れるそうめんと一緒に野球ボールほどもあるものからバスケットボールくらいまであるスライムが、いっせいにおそいかかってきた！
　「いっくよ－！」
　勇んで前線に躍り出るのはアリス・ミーティア。
　翼の揚力を使い、水面ギリギリを滑空。
　その右手に持った獲物は、箸。

「箸？」
　
　アリスが箸に纏わせるのは、黒の星の力。
　相手を弱体化して、縛り上げる。
　黒い波動が、なにやらおどろおどろしくアリスの箸から立ち上る。
　遠く神代の時代からの歴史を持つと伝えられる星幽塔。
　その戦いの中で、暗黒の力を得た箸を得物にした人物は初めてだったといわれる。
　アリスは委細構わずスライムの群生に突撃。
　中にあんこを孕んだスライム、抹茶の色も鮮やかなスライム。
　様々なスライムたちが、算を乱して逃げ始める。
　その逃げようとするスライムを、アリスは箸でつまみ上げる。
　黒の力は拘束の力。
　スライムを縛り上げる力は容赦なくスライムのエネルギーを吸い取り、動きを鈍らせる。
　アリスはそのまま、鈍重にびくびくと震えるスライムを、そのままあんぐりと口に入れる。
　
「おいしい」

　――！？

　早速食べ始めるアリスを、一同は驚愕の目で見る。
　まだ生きているスライムを、そのままばくりと食べてしまうとは。
　確かに生きはいいのだろうが、なんというか、心理的な抵抗がある。
　だがそんなことに斟酌しないアリス、手当たり次第にスライムをつかんで、ぶちぶちと頭からかみ砕いていく。
　スライムたちにしてみれば、せっかくあんこや抹茶でおいしく食べてもらえるはずだったのに、何の因果かスライムと化し、自分を食べてくれるはずの相手とバトルする羽目になってしまった。
　お菓子としての喜びを、全うできない。
　でも、アリスの大胆な食べっぷりで、ふたたびお菓子としての喜びを見出すことができた。
　彼女の所業は、だからスライムの本懐を果たしてくれる、きわめてまっとうな行為。
　であるのだが、しかし、やはり、心理的に超えられない壁がある。
　軽く引いている周囲を後目、アリスはひたすらスライムの踊り食いに興じる。

「最高だね！」
　いつの間にか抱えていたビールを、ぐっとあおる。
　空のジョッキでそうめんをすくう。
　すっかりご満悦のアリス。
　かじったスライムの味に顔をしかめる。
「いらない」
　ぽいっと放流。

　その時、一回り巨大なスライムが、ぼくもたべてー、と言わんがばかリの勢いでアリスに突っ込む。
「うわわつ！」
　勢いよく水路の外に弾き飛ばされるアリス。
　ひょーん、とその姿が消えていく。

（……間に合わなかった）
夏朝は歯噛みする。
　戦場からアウトするのを防ぐための、ねこシールを使うタイミングを見失った。
　自分もワッペンで重量を制御して、進化能力の発動に備えていたのだ。
　だが、僅かに距離を見誤った。
　――くよくよしている暇はない。
　――みんなのためにできることを、今は一生懸命やらなくちゃ。
　夏朝はそう考え、前線に躍り出た。
　肉球戦輪を縦横無尽に投擲し、スライムを跳ね飛ばす。
　回転を加えた戦輪はカーブを描いて夏朝の手元に戻っていく。
　ジャグラーのように、無数の輪を飛ばして、スライムを撃破する。
　星幽塔で練習を積んだ成果だ。
　
　だが、圧倒的に数が多い。
　このままでは、やがて来るであろうなだれそうめんに、敵もろとも押し流されてしまうだろう。
　無数にわいてくる、処理のしにくいスライムを相手にしているうち、大量破壊の可能なモンスターが襲い掛かってくる。
　ゼリー、そうめんと、一見お気楽な戦場のように見えて、実はかなり攻略難易度は高いのかもしれない。
　こちらとしても、戦局を打開するアイデアが必要なのだ。