秋の扉をあけて｜リアクション

秋の扉をあけて

☆女子大生の夏休みと、寝子島アニメーション学院学生の一日

　さて、妹を見送った仙藤紫は。
　ワンピースに着替え、露出した部分に日焼け止めを塗った。
「行ってきます」
　今日は友人で東京の大学に通っている川南由奈と寝子島めぐりをする約束をしていたのだ。
「紫！　久しぶり、元気だった？」
　待ち合わせ場所にはすでに由奈の姿があった。
「元気よ。由奈、変わらないね」
　寝子島を離れて半年も経ってないからそんなに変わってないのは無理はないが。
「まだ半年なんだけど……何年も帰ってないみたい」
　そんな言葉に苦笑する。
「どこか行きたいところある？」
「ええとね、新しいカフェができたって聞いたから行ってみたいな」

「うわあ、こんなお店できたんだ！」
　はしゃぐ由奈を見ていると、紫も浮き浮きしてしまう。
　ついこないだまで毎日のように会っていたのに、今隣にいることが新鮮で、そのくせ懐かしい。
　カフェに着き話題のメニューを頼むと、お互いの近況報告に花が咲いた。
「ね、彼氏できた？」
「できないわよ。由奈は？」
「うん、彼氏じゃないけど……気になる人がいるんだ」
「どんな人？　先輩？」
　話題は尽きず、久しぶりに由奈と過ごす時間はあっという間に過ぎていった。
「次はどこに行こうか？」

　去年までは寝子高生だった落合まゆらは、寝子島アニメーション学院の声優科の学生となっていた。
　専門学校の夏休みは、実はそんなに長くなかったりする。
　８月の初めに始まってちょうど１か月で終わった。
　その間、まゆらは毎朝早起きして寝子ヶ浜海岸でボイストレーニングしていた。
　さいたまの実家に帰省したときは少しダラダラしてしまったけれど。

　まゆらがトレーニングに余念がないのは、近々校内選抜が迫っているからだ。
（来年春に放送予定の春アニメ……出れたらいな）
　若干名の声優の卵が出演することになっているが、とはいえ与えられるのは超がつくほどの端役。
　いわゆる「ガヤ」の類だ。
（それでもアニメの現場に立つわけだし、その超が付く端役でも高い評価を得たら、声優デビューも夢じゃない）
　とても狭き門だけれど、千載一遇のチャンスなのだ。
　悔いのないよう、できる限りのことはしておきたい。

　学校へ着いたら一日のカリキュラムを懸命にこなしていく。
（今日はダンスレッスンと発声基礎、各９０分）
　ツインテールを揺らしながら、真剣にダンスレッスンに取り組む。
　作品によっては10時間以上スタジオで収録、ということもあるので、安定した声を出すためには身体的な強さも必要なのだ。
　発声基礎は役者に必要な腹式呼吸や発声方法などを学び、繰り返し鍛錬。
（基本的なことだけど、しっかりやらなきゃね）
　役者も声優も、体力が命なのだ。

　それで終わりではない。
　夕方まで開放された教室で、友達と即興劇をやって演技力を磨いたりする。
　終わったときにはもう汗まみれだ。
　シャワーを浴びて服を着替えて、さっぱりしたのもつかの間、バイト先のファミリーレストラン『CamicieＸrosse!!』へ向かう。
「いらっしゃいませ！」
　疲れも見せず、明るい笑顔で18時から22時まで働く。
（お店にやってきたプロデューサーさんが、あたしの声を気に入ってスカウトしてくれないかな……）
　そんな夢に浸りながら、心を込めて接客をする。
　実はまゆらは中学卒業までは内向的で大人しく、半ば引きこもりだった。
　しかし寝子高での日々は、親も他人と見違えるほど、まゆらを明るい性格に変えてくれた。

「やっと一日が終わった……」
　疲れきってお店を出るまゆら。
　夢が叶うまで、まゆらに安息の日々はないのかもしれない。
　それでも自分で選んだ道だから頑張れるのだ。
　