さーさーさらさらさくさくさ。｜リアクション

さーさーさらさらさくさくさ。

◆お店での過ごし方、わいわいと。

　ふわふわと髪の毛が上下する。
　楽しそうに三つ編みの先が踊る。

「チョコラータのお菓子を袋いっぱい下さいナ！」

　抽象的な注文であれ、困った顔もせず荒井はケースに菓子を詰め込んでいく。

「テンチョーサンは優しくてしぶきチャンは面白いコトいっぱい知ってて大好きナノ！　ダカラ、また来るナノ！」

　常連、御薗井Ｅセレッソがカウンターに寄りかかり、店長らに挨拶をしていた。
　持ち帰りケースにはたっぷりのチョコクッキーにマカロン。
　鼻歌交じりに『Raton』から去っていった。
　幸せそうに自らの菓子を買っていくお客の姿は、荒井の疲れを拭い取ってくれる。
　カランコロン。
　雨の日にも関わらず客足が途絶えることはない。
　入れ替わるように独特な空間の中に足を踏み入れるものがまた一人。
　営業だけではない笑顔を携え、ドアの方に向き直った。

「いらっしゃいませ」　
「ハニーフィナンシェと紅茶お願いします」

　常連ではないにもかかわらず、迷わず注文をする海神湊面。
　言い終えると、一直線に空きスペースに向かい席に着いた。
　とはいうものの、彼女の動きが俊敏というわけではない。
　ゆるり、ゆるりの己のペースで歩んでいるのだ。何者にも侵されない己のペースで。
　間もなく彼女のもとに届けられたフィナンシェを手に取り、ぼんやりと空を見つめる。
　海神がフィナンシェを口にしたのを見届けてから、荒井は次のお客の元へと菓子を運んでいった。

（うぁー……美味しいー。癒される）

　海神は蜂蜜に溶け込んでいくように恍惚として、

（ゆっくりまったりできるそたまの雨なら、いいかもしれないなぁ……）　

　ゆらゆらと自分の世界をたゆたうのだった。

　彼女から遠く離れた店の片隅。
　ジニー・劉は小さくなっている。
　ひとつの穏やかな空間の中で、各々が各々の世界を満喫しているが、どうしても彼は浸りきれないのだ。

（女子供ばっかでめちゃくちゃ場違いだな。俺）

　心なしか劉は胃が痛かった。
　チラリと横目で隣の客を見る。

「ふふ、ふっふっふ」

　声に出ていることに気がついていないのだろう。
　劉の隣のテーブルで澪乃澄佳が笑いを必死にこらえ顔を引きつらせている。
　
（バイトのお給金でたんまりお菓子を食べる日が遂にやってきたよっ）

　劉も顔を引きつらせた。
　澪乃のテーブルにはお気に入りのとろふわプリンだけではなく、普段買えないちょっとリッチなケーキらが威風堂々並び、実に華やか。
　どれから食べようかな。嬉々としている澪乃の姿を見て、余計に馴染めないことを劉は自覚した。　　
　
（もう何も考えるな……）

　劉は珈琲をちびちびと飲みながら、チョコチップマフィンに齧り付く。

（うまい！　うまい、が……！　周囲の視線が痛てえ）

　いい年した男が洋菓子店でぼっちって何の罰ゲームだよ。
　一人ツッコミを楽しみながらチラチラと辺りに気を配る。
　近くで望月神無がチョコレートケーキを黙々と食べているのに気がついた。

（あいつも、男一人か……）

　意味もなく安心する。
　望月は常連だよ。
　それ以前に男じゃないんだ。
　なにより誰もボッチの男なんて見てないよ。
　――突っ込んでくれる人間は残念ながらいない。
　現実に気がつくことなく劉は必死に自衛する。

（今はデートの待ち合わせ中）

　額から汗が流れる。

（で、後から可愛い彼女がくる）

　右頬を汗が通り過ぎる。

（から、恥ずかしくねえ！）

　顎から汗が落ちて机にシミを作った。

（こんなトコ知り合いに見られたら軽く死ねる。とっとと食って出てくぞ）

　自分でフラグをしっかりと立てて、劉は珈琲を一気に煽った。

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