寝子島の休日｜リアクション

寝子島の休日

　　　８

「走れ！！」
　雅樹を先頭に、美野梨、ソフィと続き、莉鳥と巧がしんがりだ。
「もうやだ！」
　巧が最後なのは、体力がないからだったが。
「行かないのか？」
　意外なのは、心が残ったことである。
　てっきりソフィについていくと思った、と言うと、彼女は静かに修を睨んだ。
「……ここに残るのが一番だと思って」
　今ここで戦わずして、どうする？　ここが一番の見せ場だと心は考えた。むしろ、修が邪魔なぐらいだ。
　ソフィたちが声の届かない距離に逃げ切ったのを見届け、心は大きく息を吸い込んだ。
　そして、
「お前はただの人間だお前はただの人間だお前はただの……」
　力の限り、大声で叫ぶ。
　だが、黒服の男たちは構わず突進してくる。
「そんな！？　何で！？」
　愕然とした心は、ハッと息を飲む。男たちの耳元に何か見える。
「耳栓……なるほど、さすがに学んだってことね」
　これで三度目である。対策を取ってきても、不思議ではなかった。
　冷汗が流れ、口の中がカサカサになった。ろっこんが効かねば、心に打つ手はない。
　だが、その呟きを聞いていた修が、
「あの耳栓をどうにかすればいいのか？」
と尋ねた。
「ええ……出来るんですか？」
「さあて……やってみるさ。虚栄は、その呪文をずっと唱えてろ」
　どうする気か分からないが、心は修の言葉に賭けてみることにした。先程と同じぐらいの大声で、ひたすらに繰り返す。
「お前はただの人間だお前はただの人間だお前はただの人間……」
　修は右手を伸ばし、じっと男の耳元に集中した。
　パキンッ、とその耳栓が突然、弾け飛ぶ。
「！？」
　男は咄嗟に耳を押さえた。傷つけないように気を付けはしたが、全く痛みをなくすのは不可能だ。
　それでも修は満足して、次のターゲットに移った。
　耳栓を壊された男は、心の【人間惨禍】のせいで動けなくなる。
　こうして、五人ほどの男たちを戦闘不能にし、一か所に座らせると修は言った。
「何で俺たちを狙った？」
「なぜだと？　誘拐犯が！」
「誘拐……」
　あのメールをそう判断したのか、と修は頭を抱えた。
「そうじゃない。そういう意味じゃない」
　修はメールの内容を、更にかみ砕いて話した。
「――つまり、王女の休日だ」
　男――やはりＳＰだった――たちは、むっつりとした顔で、
「それでも我らがお傍でお守りせねばならん」
「それじゃ、休みにならないだろう？」
「では王女に何かあったら、責任が取れるのか？　国際問題になりかねんぞ！？」
「それは……」
　さすがの修も口ごもる。世の中に「絶対」ということはない。
　その時、それまで黙って聞いていた心が口を開いた。
「私たちがいるわ」
　む、とＳＰが心を睨む。
「あなたたちも、プロでしょう？　なのに、私たちに勝てなかった」
「そ、それは、お前たちを傷つけぬように……」
「誘拐犯に手を抜いたの？」
「……こんなところで銃を使うわけにはいかない」
「気を使った？　それはこっちも同じ。条件は一緒。でも、結果はこれ」
　ＳＰたちは地べたに座らされている。
　見下ろし、目を細めて心は笑みを刻む。ぞくぞくするほど、楽しい。何しろ相手は、普通の一般人ではない。

　――思った通り。

　この上なく、満足な一日だった。

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