寝子島の休日｜リアクション

寝子島の休日

　　　２

　既に昼近い時間のため、競りも終わり、魚市場はのんびりとした雰囲気だ。
　バスを降りて真っ先に目に入ったのは、日陰で眠る猫たちだった。
　Oh……！　とソフィが感嘆の声を上げ、駆け寄る。猫たちは人に慣れているのだろう、逃げる様子はない。
　キジトラ、黒白、茶トラ、三毛。ソフィに撫でられ、猫たちは気持ちよさそうに喉を鳴らす。
「猫、飼ってるんですか？」
と巧は尋ねた。
「え？」
「いや、慣れてるから」
「ええ。二匹」
　ソフィはポケットから、写真を取り出した。今時、随分アナログだな、と巧は思った。
　綺麗な毛並みと美しい青い瞳。二匹のシャムが、ソフィに抱かれている。
「アルテミスとアポロン」
「姉弟なんですか？」
「ええ」
　ソフィはにこにこと、愛おしそうに写真を見つめている。
　旅行中で会えないのかな、と巧は思った。それは寂しいだろう。
「ハイ、これ」
　美野梨が包みを渡した。近くの店で、刺身を買ってきたのだという。
「素手だと臭いがついちゃうから……お箸は使えるかしら？」
「大丈夫です」
　猫たちは既に起き上がり、ソフィの足元でちょこんと待っている。
「みんな、お利口さんなのね」
　ソフィはくすくす笑いながら、器用に刺身を摘んで猫たちに与えた。島外の人間にろっこんを知られるわけにはいかないが、猫たちが何を喋っているか教えてあげたいと美野梨は思った。彼女のろっこんは、猫や鳥と会話が出来るのだ。
「あのう、僕も食べたいんですけど、それどこの店で買ったんですか？」
「ああ、それは」
と、振り返った美野梨の眉が寄った。
「あの？」
「ねえ……あの人たち、ちょっとおかしくない？」
　美野梨は店ではなく、その近くにいる男たちを指差した。
　男たちは黒いスーツを着て、サングラスをかけている。まだまだ暑いこの時期に、どうかしているとしか思えない。
「……変な格好ですけど、観光客じゃないですか？」
　二人の会話を聞いていたソフィが立ち上がり、顔色を変えた。
「どうかした？　知り合い？」
　ソフィは巧の陰に隠れながら、頷いた。隠れるといっても、身長百六十二センチ、体重五十キロの巧では、壁になりようがない。
「もしかして、追われてるの？」
　再び、頷く。げ、と巧が変な声を上げて言った。
「け、警察に電話しましょうか？」
　ふるふるとソフィはかぶりを振った。警察は困るらしい。
「分かったわ。ちょっと待ってて」
　黒服の男たちは、ソフィに気付いてこちらに向かってくる。それと同時に扉が開き、漁師たちが店を出てきた。
「すみませーん！　変な人たちに追われてるんです。しばらくその人たち、足止めしてもらえませんか！？」
　美野梨は手を振って、声を張り上げた。
　漁師たちは目を丸くしたが、すぐに傍にいる黒服たちのことと察したらしい。よしきた、と袖を捲って、その前に立ちはだかった。か弱い乙女の頼みを断るわけにはいかない。
「行きましょう！」
　美野梨は、ソフィの手を握って走り出した。
「僕も！？」
と文句を言いながら、巧もついてくる。
　だがその時、美野梨とソフィは何かにぶつかり、その場に倒れたのだった。

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