七色の星、想い届けて｜リアクション

七色の星、想い届けて

　銀幕に映し出されているのは誰？
　新雪色の髪、眼鏡の向こうに輝くホープストーンのような瞳、つややかな肌は健康的に張りがあって、四肢はお人形のように華奢で可愛らしい。
　そんな少女を飾るのは薔薇の花ドレス、それも四色。赤、白、青、それに黒がちりばめられている。

　情熱の赤い花びら。
　純血の白い花びら。
　青い花びらの意味するものは自由。
　そして黒い花びらは冒険、無限の可能性を秘めたもの。
　なぜなら黒は黎明の色、永遠に拡がる大宇宙の色だから。
　いま、環的子はスクリーンのなか、憧れのSF映画のなかにいる。それもワイド・スクリーン・バロックというニッチな世界、時間も空間も軽く飛び越え、宇宙空間の深遠に、過去と未来のその両端に、意味も、ときとして整合性すらも無視して、それでもわくわくする情熱、純潔さゆえの好奇心を兼ね備え、自由にどこまでも冒険するのだ。

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　惑星間戦争の終戦協定、その調印式の場に、地球側代表として出席する的子の美しさ。
　彼女の騎士たる護衛役は、すっくと直立したカプセルギアのネオムではないか。いつの間にネオムは、的子よりも身長が高くなったのだろう。つるりとした頭部に、的子の顔が鏡みたく映し出されている。
「姫、歴史的な瞬間ですぞ。もう少し表情を引き締められます様……」
「あれえ？　今日のネオムは変わった口調ー！？」
　自分がここにいることよりも、的子はびっくりしてネオムを見上げた。
「今日の……？」
　ネオムに表情はないのだけれど、その頭上に疑問符が浮かんでいることがなんとなく的子にはわかった。
　フラッシュが焚かれる。フローティングポッドが音もなく近寄ってきて、そのキャノピー部分がパカっと開いた。
　調印文書は、この宇宙時代だというのになんと羊皮紙だ。癖がついていて内側に丸まりかけている。
「ふ、ふふふ……このギャップがたまらないんだよね」
「ギャップですと？」
　ネオムはもうひとつ疑問符を浮かべた。

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　いわゆるドレスデン爆撃の前夜、ただ空襲を免れてきたというだけの理由で、この街は非難民であふれかえっていた。
　すでにドイツの配色は濃厚、だというのに、一部の貴族、政治家、軍関係者たちは、夜な夜な頽廃的な舞踏会にいそしんでいる。現実から目を逸らしつづけていれば、いつか現実のほうが好転してくれるとでも思っているかのように。
　煙草の煙、アルコールの匂いでくすんでいた空間が、伯爵令嬢の登場で、たちまち清浄さを取り戻す。
　エスコート役はネオム、勇ましくも高貴な出で立ちは、羨望の視線を集めずにはいられない。
　けれどもやはりそれ以上に、薔薇の花ドレス姿の的子は、老若男女のため息を誘うのだった。
「今日もお美しい……」
　囁き声が聞こえる。
　だがそんな賞賛を、当たり前として受け流せるような的子ではなかった。いちいち会釈して、いくらか気恥ずかしげにボールルームにまかり出た。
　慌てて軍楽隊が、流麗なワルツを奏で始める。
　スカートの両端を持って的子はお辞儀した。さすがお嬢様、仕草は完璧だ。
　ネオムは小首を傾げるようにして、彼女の手を取った。
　明日、死と破壊が訪れるとしても――誰もがそう思ったに違いない。
　このひとときだけは、心に留めおきたいと。

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　銀色のロケットから的子は這い出す。
　だぶだぶの宇宙服、それでも両手両脚をひろげバンジージャンプの要領で跳んだ。
　蹴った方向へゆっくりと遊泳する。
　宇宙服の命綱が、へその緒みたいに宇宙船から伸びている。
「なんだか窮屈だなぁ……それに、暑いや」
　脱いじゃおう、と決めたらもう迷いはなかった。
　ヘルメットを外しジッパーを開けて、蛹が蝶になるように、オレンジ色の宇宙服を脱ぎ捨てた。
「ふぅ、楽になったよ」
　笑って眼鏡をかけなおす。
　宇宙服の下はもちろん薔薇の花ドレスだ。
　いつの間にか的子の周囲に、四色の花びらが舞っている。しかも赤が白、白が青、青が黒と、花びらは絶え間なく色を移り変えているのだ。
　両手でつかめるサイズに戻ったネオムも、くるくると回転しながら泳いでいるではないか。
「よーし」
　的子は両腕をひろげた。
　とりあえずまずは、天の川の方向に翔けてみようかな？

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　暗い劇場、中央列の中央の席に的子はいる。
　ポップコーン片手にそんな映画を的子は鑑賞している。
　劇場は貸切状態だ。
　観客はふたりきりだった。
　的子と、彼女の膝の上のネオム。

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七色の星、想い届けて

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