七色の星、想い届けて｜リアクション

七色の星、想い届けて

　まぶしく白いウェディングドレス、イノセンスの象徴たるヴェール、そして手には、リボンたなびくブーケがひとつ。
　今日び将来の夢に『はなよめさん』と書く子どもはいないというが、それでもやはり壬生由貴奈にとって、ウェディングドレスは憧れの衣装だった。
　ごろんがらんと鐘が鳴っている。
　他の誰でもない。由貴奈と、最愛のひとのために鳴っている。
　いい音だ。天に届くような音だ。
　両開きの扉が勢いよく開けはなたれると、友達、恩師、たくさんの愛しき顔が、満面の笑顔で待ち構えていた。偶然なのだが新しい知り合いから順に、奥へと続くようになっている。まるで由貴奈の生涯を振り返るグラデーションのように。
　おめでとうの声が聞こえる。
　ほとんどは笑顔なのだけれど、感極まったように涙ぐむ目も見える。
　みんな拍手している。拍手のテンポがずれている人もいるようだがそこはご愛敬というもの。
　おめでとう。ありがとう。ハッピー、ハッピーウェディング。
　いつかこんな日が来るはずと信じてきた。
　夢が叶ったこの瞬間も、まだ現実味は欠けている。
　けれど、まぎれもない事実だ。
　この晴れた日、夏の日、由貴奈はパートナーと永遠の誓いを立てた。
　何度もリハーサルしたはずなのに、それどころか三度目のリハーサルでは慣れきって欠伸が出そうになっていたというのに、今日の本番ではガチガチに緊張してしまった。好天の日のサマーウェディングにもかかわらず、雪ちらつく朝の体育みたいに、歯の根が合わなかったことはあとで白状しておこう。
　声を出すのがやっとだった。
　それでも、由貴奈はきっちりと宣誓をやり遂げた。
　人生最高の瞬間があるとすれば、いま、ここだと思う。
　出迎えを受け、しばし、惜しみない喝采を浴びた後、
「それではここで……」
　と、司会役を頼んだ友人がマイクを取った。
　ヒュイン、と小さなハウリングが起こった。マイクを向ける方向がいけなかったらしい。
「失礼しましたっ……！」
　と噛み気味にいう彼女を見て、由貴奈は微笑を向ける。
　彼女も緊張しているのだ。でも、式のために一生懸命なのだ。それが嬉しい。彼女のような友人をもてたことが誇らしい。
　マイクを外して咳払いして。友人は正面に向き直った。
「それではここで、新婦からのブーケトスを行いたいと思います」
　ここで、「未婚の女性のかたおいでくささい」などと無粋を言う彼女ではなかった。そんな彼女ではないと知っているから、由貴奈は司会を頼んだのだ。
　期待通り彼女は言った。いや、期待以上だった。
「新婦からブーケを受け取った人には、近いうちに大きな幸せが訪れると申します。どうぞこの機会に、幸せのおすそわけ、ハッピーの分け前にあずかりたいという方はご参加をお願いします。性別はもちろん、独身か既婚かも問いません。いえ、いますでに幸せだとおっしゃる方であってもぜひ！」
　どっと笑い声が起こった。驚いたことに参列者のほとんどが集まってくる。ブーケを待つ人の数は相当なものだ。
「うわあ、こんなにたくさん？　緊張するねぇ……」
　由貴奈が視線を向けると、パートナーは『頑張って』というような視線を返した。視界の彼女もうなずいている。
　由貴奈は小さく息を吸う。落ち着いた。
　ブーケを持ったまま歩みを進める。

　口元に笑みが浮かんでしまう。
　嬉しくて仕方がなかった。
　左手はドレスに、右手はブーケに、勿体ぶるでもなくカジュアルすぎるでもなく歩み出る。
　夏の陽射しのもとに。
　晴れ舞台のもとに。
「えーと、じゃ、いくね」
　それほど大きな声で告げたつもりはないのに、由貴奈の声に応じてブーケを待つ人々の間から歓声が上がった。
　人々に背を向けて、両手でブーケを持つ。
　上手に投げられるかな。
　短い逡巡ののち、投じた。由貴奈のやわらか噛みが踊る。
　幸せのおすそ分け、受け取った人に届きますように。
　ブーケは放物線を描いて青空のもと跳んでいく。
　まるでスローモーション、ゆっくりゆっくりと空を巡る。

　おめでとう。ありがとう。
　ハッピー、ハッピーウェディング。

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