七色の星、想い届けて｜リアクション

七色の星、想い届けて

　夏の祭のお囃子に、舞うは霊威かはたまた狐狸か。
　耳を澄ませるまでもなく、只の囃子で無いはあきらか。
　鼓の音に鉦（かね）の音、どんどんかんかん響けるなかに、もの悲しくき篳篥（ひちりき）と、ひりつくような琵琶の震え、いずこからともなく入り交じる。
　舞う。舞う。狐面の踊り手が舞う。
　現る。現る。尽きることなく現る。
　何人いるのか。無限か。
　一様に矢絣。
　一様に狐面。
　朱の扇子を片手に、ぴたりと同じ動きで舞う。
　狐面の色はめいめい異なるが、それと認識したときにはもう別の色。

　
　――夢？
　なのだろうと大天使天吏は信じる。
　自分の視点はどこなのか、それすらも定まらないのだから。
　間近な位置から、憧れの眼差しで踊り手たちを見上げているように感じる。
　気がつけば踊り手のひとりとなって、終わりなき円環をたどっているようにも感じる。
　あるいは指をくわえるように物欲しげに、物陰から宴を盗み見ているようにも。
　果ては自分が天巡る鴉と化し、上空より終わらぬ祭を見物しているようにも感じられてならない。
　いずれが虚でいずれが実か、我が身は観衆か主役かそれとも傍観者だというのか。
　うねるように囃子が流れていく。
　樟脳に似た、刺激的だが忘れられない香がした。
　これを嗅ぐとともに、どれでもいいかと思い至って、急に天吏の肩の力は抜けている。
　観るも雅なり踊るも悦なり、傍観するもまた愉しからずや。
　――そういうものでしょう？
　とはいえ鴉になるという夢想は気に入っていた。あの方にいくらか、近づくことができたように思えたから。
　されど泡のごとく浮かんだ意識は、現れると同時に霞のように溶け、やがて天吏はまた幾度目か、臙脂色の矢絣袴に身を包み、舞手のひとりへと復している。
　ぱか、と舞手のひとりが面を取った。
　天吏の顔。
　ぱか、またひとりが取った。
　やはり天吏の顔。
　ぱか、またしてもひとり。
　もう書くまでもなかろ。
　このところ天吏は、実生活では眼帯を外している。目の怪我はもう、意識しなければ最初からそこになかったかのごとく振る舞うことができるようになった。
　それなのに薬液の匂い。
　いまひとたび天吏の左眼は、ガーゼに覆われ眼帯で留められているのだった。
　片目の舞い手。片目の舞い手。数限りなく。
　舞い手はひとり残らず天吏だ。ひとり残らずかつての姿。眼帯をした天吏だ。
　右側の眼、雲一つ無き夜の月光の輝きが笑みに崩れた。
　あははと天吏は声を上げた。なんと面白くおかしいことだろう。煌びやかなことこの上ない。
　同時に嘲（わら）ってもいた。なんと哀しいことだろう。そうか夢の中であっても、私はやはり独りきり。
　晩夏。真夏の夜の夢と呼ぶにはいささか遅れ気味で、かといって秋を味わうにはまだずいぶんと早きにすぎる。
　このとき肩に触れられたように感じて、天吏は振り向いた。
「大丈夫よぉ♪」
　聞いた。彼女の声を。たしかに。
「私にはいつだって、会いに来れるじゃない」
　――そんなはずは。
　と言いかけたところで天吏は、黄金の月に見おろされている自分に気付く。
　人通りの絶えた通りの中央、立ち尽くしていた。
　夜だった。きらきらと輝く流れ星が、ひとつ、またひとつと空の彼方に消えてゆく。
　あたりに人の姿はない。
　舞い手はどこに？
　狐面はどこに？
　いずれもない。消え失せていた。
　それよりもなによりも寂寞、胸に差し迫るものがあったのは、『彼女』の姿がどこにも見えないということ。声を聞いたはずなのに。触られた感覚もあったというのに。
　立ったまま夢を見ていたというのか。そうして、突然に醒めたというのか。
　それともまだ、夢の中にいるのか。
　天吏は空を見上げる。
　天吏の右目に、丸い月が映り込んでいる。
　どこからか囃子が聞こえる……ような気がしてならない。

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