廃墟だなんて言わせない！　最新★九夜山のVR遊園地｜リアクション

廃墟だなんて言わせない！　最新★九夜山のVR遊園地

　先程まで涙目だった水樹に、ようやく笑顔が戻った。
　ジェットコースターの降車時にはしがみつくように歩いていた彼女が、回転木馬を降りた今では指を絡ませて並んで歩いてくれる。楽しい思い出も作れたようで、ヒューは安堵しながら会話を振る合図のように指を握り返した。

「建物の見た目と内容が、あんなに違うとは思わなかったな」

　外観は書き割りで確かに回転木馬だったが、一歩中に入れば明るい森をイメージした内装にソファが点在しており、一風変わったプラネタリウムのカップル席のよう。
　先程、森の中を駆け巡ったコースターで酷い思いをした水樹は、また森の中をイメージされた内装にげんなりしたものだが、ヒューもまた気分転換にならないのではと少し心配していたのだ。
　それでも、先程のように激しいアトラクションではないだろうと彼女を諭し、一緒にゴーグルをかけてみれば、ソファの影からうさぎが顔を覗かせたり、木陰で妖精が戯れている様子が見えたりと、目の前に広がるメルヘンチックな雰囲気に水樹が感嘆と共に笑顔をこぼれさせたのがわかった。
　一階ではヘンゼルとグレーテルの絵本の中を馬車に乗って巡り、二階ではおやゆび姫の絵本の中をペガサスに乗って空を翔け、一階と二階で違った物語が体験できる。
　もちろん動きも揺りかごのように緩やかで、お菓子の家や花畑での甘い香りに包まれつつ、小鳥が木の実などを運んできてくれるから、ついつい手を差し出したくなるような、そんなアトラクションだった。

「水樹は、ヘンゼルとグレーテルのほうが楽しかったみたいだね？」

「目先の物につられて後悔しても……最後は自分の意志と力で幸せになれるから」

　元の物語は残酷な描写もあるが、今回のアトラクションはマイルドに翻訳されたものをベースにしており、小さな子供が見ても怖がらないようになっている。
　表現が柔らかくなったとはいえ、兄妹が森で迷い、甘い誘惑に負けてしまい魔女に囚われ、それでもひらめきで魔女と戦い、宝物を持って家に帰るというストーリーは変わらない。
　嫌なことは重なるかもしれないけれど、下を向いて道標を探してばかりいないで、できることを頑張れば必ず報われる日がくる――そんな、今の水樹にはあのことも笑い飛ばせそうにしてくれる物語。

「モデルの仕事も忙しいみたいだし、水樹はどんどん前に行ってしまいそうだ」
「当たり前じゃない。私はヒューの隣に立っているのよ？」

　自分の意志で、彼の隣にいる。そのためにする努力は、決して面倒ではない。
　多くは語らず視線を合わせた水樹だが、なんだか気恥ずかしくなってすぐに目を逸らせてしまった。
　こういうとき、同じ身長だと顔が近すぎて困るのだ。そういうことにしておきたい。でなければ、視線がかちあうのが恥ずかしいだなんて、まるで中学生の恋愛ではないか。

「やっぱり、水樹は格好良いなぁ」

　そして、特別一番可愛い。
　ヒューは小さく呟きながら、水樹と同じように赤くなった頬を冷ますように空を仰いだ。

　まだ、夏の空が広がっている。
　どうか、二人がまた忙しい日々に投げ出されぬように。
　もう少し、この夏のままでいて――。