shine a light｜リアクション

shine a light

　太陽が不時着したような昼日中（ひるひなか）の街を歩くなんて自殺行為では――と伊賀解理は言いかけたが、実際はそれほどでもないと知る。
　寒いとは言わない、たしかに。
　しかし日影を選んで歩くなら、どちらかといえば涼しいほどだった。
　北風貴子は目の前を歩いている。
　オフホワイトのブラウスを着た貴子の背中、やはり白いうなじの色っぽさ。
　やっぱり、惹かれる。もちろん憧れの対象として。
　早足で貴子にならび、解理は眼鏡の位置を直した。
「あの、さっき僕が言った死のうだとかなんとかは……」
「私の胸に抱かれてどうこう、というやつね？」
　うっ、と短くうめいて解理は言葉を継いだ。
「ストレートですね……あの、あれは三割冗談として、ですね」
「冗談としても三割だけ？　軽々しく言っちゃいけないわ。死のうとか」
「すいません……まあ、それくらいお先真っ暗な気分なんです」
「あなたの光明になれるかどうかはわからないけど」
　話してごらんなさいな、と貴子は涼やかな目を向けた。
「そのために私を呼び出したんでしょう？」
「ええと……」
　籐網の吊り橋を渡っていくような気持ちで、解理は言葉を探し探ししながら言う。
「貴子さんが、いつから今の道に進むことを決めたのかとか、聞きたいんです。参考までに」
「私？　教師になりたいと書いたのは、たしか小学校低学年のときの作文だったと思う」
「そんなに昔から？」
「クラス全員への課題だったからね。『学校の先生になりたいです』って書いたのは私だけじゃなかったはずよ。『サッカーの日本代表』とか『動物のお医者さん』って書くのと大差ない、ありきたりの内容」
「でも貴子さんは、その夢を実現しようとされてます」
「私の場合」
　貴子は深呼吸するかのように一拍おいて、
「母が、色々だらしない人だったから……っていうか、今もだらしないから、自分には、模範となるような『ちゃんとした人間』にならないといけないっていう強迫観念みたいなものがあったのかもね」
　解理は何度かまばたきした。
　意外だった。
　貴子の口から、強迫観念なんて言葉が出てくるとは。
　信念とか自己実現とか、そういう表現で語ってくれるのでは、という淡い期待があったからかもしれない。
「だからね、伊賀さん。もちろん私の教師志望は今もつづいているけど、高邁な教育理論があるかといわれれば、それはないの。もちろん大学のあいだに見つけられれば――とは思っているけど。ありていに言えば、そこまで確固たる夢じゃないかも、ってこと」
　ふふっと貴子の唇に笑みが浮かんだ。
「案外、四年経ってみたら別のやりたいことが見つかって、教師以外の道に進んでいるかもしれない。だからね、伊賀さん、やりたいことを焦って見つける必要はないと思うな。ましてやあなたは、まだまだ高校生でいられるじゃない」
　貴子は笑っていた。
　気休めではなく、心からの笑みに見えた。
「少し、胸のつかえが下りた気がします」
　寝子電の高架下を通る。とくに目的もなく歩道橋など渡ってみる。
　解理は迷っていた。もうひとつの悩みを言うべきか、どうか。
　もうひとつの悩み、おそらくそれは最初のものより大きい。
　――卒業したら寝子島を離れるかもしれない、ってこと。
　物理的な別離は、心の別離と同じではない。それくらいは解理にもわかる。
　いまはＳＮＳが発達しているから、遠距離でも交流できる手段はいくらでもあるだろう。
　でも、やっぱり実際に会えなくなるのは寂しい。
　貴子さんと。
　たとえば北海道に帰ったとしたら、寝子島は気軽に行ける距離じゃなくなるだろう。
　寝子島を離れるってことは、貴子さんとお別れするってことだ。
　だからこっちで就職とかしたいなぁ、と思っているのだけれど……。

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