あんな夢、こんな夢、どんな夢？｜リアクション

あんな夢、こんな夢、どんな夢？

●１０年後の私は、

　――ある夏の夜に、こんな夢を見た。

◇

　水上桜は、寝子高で教職についている。
　担当教科は、現代国語。
　今日も桜は、教壇に立ち、学生時代とは違う立場・異なる気持ちで、教科書の頁を捲る。
「はい、じゃあ今日は、５６ページから！　皆、ちゃんと宿題してきた？」
「バッチリで～す！」
「やってこないと、水上先生、怖いもんね～」
「こらそこ！　全部聞こえてるわよ！」
　指摘された生徒がおどけたように首を竦め、教室中が、どっと笑いに包まれる。
　やれやれとばかりに首を振りながらも、桜の口元にも、自然、柔らかな微笑が乗った。
　からかわれたり、からかい返したりは、いつものこと。
　教室が纏う空気が朗らかなだけではない。
　水上先生の授業はわかりやすいと評判ですよ、と、同僚達の口から何度も聞いたことがあった。
「はい、そこ、よそ見しないの！」
　生徒達との仲も良好だが、締めるところはきちんと締める。
　着実に頁を進めて、その日の授業も無事に終わった。

　一日の授業が終われば、職員室で、回収した宿題の採点を行う。
（マル、バツ、マル、マル……うん、４月より、だいぶ分かってきたみたい）
　なんて、忙しい中にも、生徒達の成長を見留めて、嬉しくなったり。
　ちょうど採点が終わった頃に、水泳部のキャプテンである3年生の生徒が、
「失礼します。水上先生はいらっしゃいますか？」
　と、職員室を尋ねてきた。
　その声に、「あ、」と気付く。
　がばと振り返った時には、キャプテンはもう桜の机の傍まで来ていて、
「先生、もう練習の時間ですよ」
　と言った。
「いっけない、忘れてた！」
「はぁ……そんなことだろうと思いました」
　バツが悪いような気持ちを抱えながら、大慌てで屋外プールへ向かう。
　すぐに更衣室へとび込み、競泳水着に着替えた。
　夏の太陽が照り付ける下に、既に、水着姿の水泳部員達が待っている。
　競泳水着の上にＴシャツを着て、首にはホイッスルとストップウォッチを下げる。
　最後に、腕にファイルを抱えて、桜は部員達の元へととんでいった。
「皆、ごめん！　準備運動、始めて！」
「はい」「はぁい」
　真面目に応える声もあれば、笑い混じりの声もある。
　授業中はしっかりしてるのに、水上先生って偶にやらかすよね、と、以前言われたのを思い出す。
　それでも反抗的な態度を取られることなく、「水上先生ったら」で済んでしまうのは、有り難いことだ。

　準備運動のあと、幾つか指示を出して、本格的に練習を開始した。
　ファイルを手に、桜はふむふむと、部員達ひとりひとりの習熟具合などを確かめる。
（あの子、次の練習試合に出そうかな。あの子は、もう少し筋力トレーニングに注力したほうがいいかも）
　そんなことを、手際良くメモしていく桜。
　そのあとは、自らプールに入って指導に当たったりもした。
　泳ぎ方の模範も、己の身体で示す。

　練習が終わったあとも、桜の仕事はまだ終わらない。
「水上先生、あの、ちょっといいですか？」
　と、部活が終わるまで律儀に待っていたらしい生徒が、質問にやってきたのだ。
「今日の授業で習ったところなんですけど……」
「ああ、ここはね……」
　的確なアドバイスをすれば、生徒は、「ありがとうございます！」と笑顔で帰っていった。

　その後も、職員会議が長引いたりして、退勤できたのは午後９時過ぎ。
　これでも、桜からしてみれば早い帰宅だ。
（そういえば、）
　ふと、思い出す。
（ここ最近、アクセ作りやってないなあ）
　今度作ってみようかな、と、桜は、煌めくビーズやレジンのことを思い浮かべて、微笑んだ。