クリーピーレイン～恐怖の化身と暗躍の悪魔～｜リアクション

クリーピーレイン～恐怖の化身と暗躍の悪魔～

●トカゲ・パニック！

（――……暑い、わね）
　額から伝おうとする汗をぐいと拭って、仙藤紫は胸の内に呟いた。
　紫が歩を進めているのは、熱帯のジャングルを思わせる場所だ。
　生い茂る大きな葉を、かき分けながら進む。
　鮮やかな花が咲いているのも見えるが、それに構っていられないほど、空気がじとりと湿っていた。
　それに、重ねてになるが、とにかく暑いのである。
　際限なく汗が噴き出てくる中で、紫は、歩きながら思案した。
（こんなところ、寝子島にはなかったはずよね……？　一体、どうなってるのかしら？）
　今の紫には、異変のことを知ってから＜黒い化け物＞に遭遇するまでの記憶がない。
　だから、紫視点では、『気付けばジャングルの只中に立っていた』という認識なのだ。
　手の中の金属バットもまた、紫の頭上に浮かぶクエスチョンマークの数を増やしたのは言うまでもない。
　ともあれ、待てど暮らせど状況に変化はなく、紫は、動き出さざるを得なくなって現在に至る。

「……それにしても、こんな格好では、虫に食われそうね」
　出かける前に虫除けスプレーをしておいてよかったわ、と思ったあとで、
「……ふふ、」
　妙に冷静にものを考えている自分自身が可笑しくて、紫は小さく苦笑を漏らした。
　――と、その時だ。
　ガサガサ、と葉と葉が擦れるような音と、何かが這い寄ってくるような気配を同時に察したのは。
「っ……！」
　身を固くし、自分の周囲にアンテナを張り巡らせるようにして辺りを警戒する紫。
　金属バットも、いつでも振り下ろせるように、しかと構える。
　そして――永遠にも思える沈黙のあと、『そいつ』は草陰から、紫の前に現れた。
　瞬間、息が止まる。身体が凍る。
　その反応も、無理がないような光景だった。
　赤、緑、青、橙……。
　様々な色の爬虫類、熱帯のトカゲが、１匹２匹ではなく、数十匹ほど纏めて這い出してきたのだ。
　その中の１匹と、ぱちり、目が合う。
「～～～～～～ッ！」
　己のものとは思えない、言葉にもならない悲鳴を上げて、紫は回れ右をして駆け出した。
　恐怖から逃れようという本能のままに、走る、走る。
　傘にできそうなほどの大きさの葉が、顔を打っても。
　盛り上がった木の根に、躓きかけても。
　もはや何者も、紫の足を止められない……かに、思われたのだが。
「ひっ！」
　ガサガサと茂みを揺らして、前方からも、トカゲの群れが顔を出す。
　前も、後ろも。
　右も、左も。
　あっという間に、紫はトカゲ達によって、完全に包囲されてしまった。
　そして、トカゲ達は、わらわらと一箇所に集まって――見上げるばかりの大トカゲへと姿を変じる。
「あ……、」
　くらり、眩暈がした。
　紫は、爬虫類を苦手としている……というのを通り越して、彼らを完全に恐怖の対象に据えているのだ。
　けれども、チロッ、と舌を出すなどしている大トカゲは、紫を見据えて離さない。
　その目が、「逃がさないぞ」と言っているように、紫には思われた。
　もう、どうにも手立てがない。
　……未だ紫の手の中にある、金属バットを武器として立ち向かう以外には。
「っ、うわあああああああっ！」
　叫んで、大トカゲの頭を狙って、金属バットを振り回す。
　覚悟を決め、毅然として向かっていった……と形容したいところだが、
「はあ……っ！　はぁあぁ……！　死ねぇ……死んじまえよぉっ！」
　と普段の落ち着きを放り投げてバットを振るう姿は、なんかもうそういうレベルじゃない。
　恐怖の限界を突破して、荒くなった息を整える間も惜しんでの、正真正銘の大暴れだ。

　次に気が付くと、紫は、寝子島の大地に伏していた。
　殆ど我を忘れて戦っているうちに＜黒い化け物＞の弱体化に成功したようだったが、
「……はあっ、はあっ……！」
　息はまだ荒く、本当に今の今までジャングルにいたみたいに、身体もぐっしょりと汗に濡れている。
「…………もう、嫌」
　呟きが、ぼそりと、唇から零れ出た。

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