あくがるる蛍なりけり｜リアクション

あくがるる蛍なりけり

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　少女が今度は目的持って訪れたのは、エノコロ岬の高台。
　先程までの観察にて、一つの仮説がこの蛍たちに得られれば、やはり試して見たくなって。
　高台に上った柳内みことは、夜風に揺れる長い髪を軽く押さえた後、濃紫の瞳を細めた。
　人を追い求めてきたのか、ここにも定まらぬ飛び方ながらもちらりと一粒の光が居たのへ。

「……ふふ、蛍さんには秘密ですのよ」

　可憐な唇にそっと人差し指をあてて見せてから、みことは儚い燐光へ手を伸ばす。
　触れたら消えてしまいそう。でもとても優しい灯り。
　蛍の魅せるものに自身の想いを重ねては、昼間とは違う、夏の夜の澄んだ風に心地よさそうに目を閉じる。　
　瞑目し、そっと風に誘われるように、心に浮かぶものを差し出すように、手を前に伸ばした。

　みことの脳裏に浮かぶは、幼い自分が見てきた景色。
　刑事である父は、良家の娘であった母と盛大に駆け落ちをした。
　そうして生まれた自分には、忙し過ぎる父が家に居た記憶はあまりない。
　しかし母は、そんな父の愛を疑わず、また父を愛している自身に胸を張っていたように思う。
　父が家に居れば、幼い自分の前で大袈裟に愛を囁き合ったりはしなかったけれど、子供の目からみてもお互いを見つめる瞳は本当に優しくて、温かくて、幸せそうだと感じた。
　――　尊い、という言葉を知ったのは、二人を見ていたからですわね。
　そう、いつだって両親の姿を“尊い”と思ってきたのだ。
　まだ子供時分に母は他界してしまった。それでも今尚、父が母を愛しているのだと心から信じられるのは、二人を見て育ってきたから。

「だから私も……」

　かくありたいと願っているのだと、全部を口にはせずに瞳で語ってみせた。
　もしかしたら人によっては、恋に恋しているお年頃なのだと言われるかもしれない。
　けれど、誰かを慈しむ人の姿、その美しさと尊さの下で育った自分を恥ずかしくなど思わない。
　なればこれは確かに、私自身の願いであり想いなのだと凛と背筋を伸ばした。
　目を閉じたままみことは身を軽く翻す。
　くるり。
　そしてその場で回ってみせる。
　ふわり。

　――　どうですか蛍さん。
　そう呼び掛けるように。
　そろりと長い睫毛が動いて、双眸が開かれた。
　みことの瞳が、こぼれ落ちそうなほど大きくなる。
　先程まで、消え入りそうなたった一つの光であったのが、今、昏い海に光の花畑が咲き誇ったかのような華やかな光たちで溢れていた。
　ゆるゆると口元が緩んだ。

「これを……想いと認めていただけたのですわね」

　胸に広がる喜び、そして安堵感に手のひらを添える。
　ああ、もしかしたら、蛍さんに確かめてもらいたかったのかもしれない。
　想いを想う、己の気持ちも他の人に負けないものなのだと。

「……本当に、ありがとうございますわ」

　燐光の花畑の中で、戯れるように手を広げ笑顔を魅せるみことの姿があるのだった。

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