あくがるる蛍なりけり｜リアクション

あくがるる蛍なりけり

　歩く度さらりと揺れる金糸雀の一房が陽射しに煌めく。
　外出時のいつもの手回り品とサングラスをお供に、しかし今日はそれにプラスして小さめなノートとバーガンディーのボディを持つ万年筆を、直接片手に携えて。
　次の歌詞の題材探しでも、と思い立てばフィンレイ・ランカスターは夏の暑気以上の音楽への情熱に身を委ねるままに、目的地を定めず自由に歩き回っている最中である。
　有名ミュージシャンとしては、焼け石に水程度の変装ぶり。自覚が無いのは当人のみで、歩く先々で彼のファンな島民からは熱烈な視線を向けられていたわけだが、良いインスピレーションを得る度メモに夢中になっているフィンレイは、やはりとんと気付く事無く。
　とはいえ、その真摯な表情から『邪魔をしないのもファンの務め！』と空気を読んだ人たちは、決して彼に声をかけることなく、ただあたたかーい眼差しで見守っているようであった。

　足の向くままに、風の向くままに、島中を巡る彼は、夜までに蛍の噂をいくつも仕入れることになっていく。

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　窓の外はすっかり夜へ。
　猫又川で見た蛍、不思議な庭で戯れた蛍……それのどれともまた違う蛍のようだ。
　噂たちを集めて考察しながら、八神修は日課のままに自室机で勉強をこなす。
　また君に見せられるといいな……。
　机上の、お揃いのエプロン纏って一緒にケーキへ笑顔向ける七夜あおいとの写真へ、瞳で語り掛ける。
　化学の問題集を解きながら、しかし今夜の本題は蛍である。
　時間を無駄にしない為日課をこなしつつも、視野にはしっかりと窓を入れ込んでいた。

　――　来た。
　ノートを走る文字が止まる。問題集をぱたんと閉じた。
　準備万端に準備していた鞄を肩から下げながら、窓の外の淡光を数度確認した後、修は『散歩してくる』と家の者へ告げてから自転車にまたがった。

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「是非一度、目に留めておきたい光景ですわね」

　満天の星空、ではなく、薄く雲が覆った濃い闇となっている外を観察した後。
　窓辺に立つ柳内みことは宵闇へニコッと笑みを浮かべ、いそいそと玄関へ向かった。
　蛍の噂をいくつか耳にしていれば、今夜はとても見つけやすそうな良い夜に思えたから。

「本当は夜中に出歩いてはなりませんのですけれども……」

　こぼした言葉とは裏腹に、靴を履く動作に躊躇いなど微塵も無い。
　だって、今日は父は帰ってこないと連絡がありましたもの。
　勿論、常識で考えれば自粛しておくべきだということも、胸の内によぎりはする。
　けれど……

「どんどんと不思議と関わります内に、夜遊び上等となっている気も致します」

　けれども気にしては負けですわね……、そう続けて潔く玄関扉を開いて外へ踏み出した。
　警察官の娘、なればこそ、今のうちに良し悪しを経験しておく事が将来の実に叶うのだ、なんて
　好奇心による行動力を華麗に正当化しながら、みことはどこかワクワクと夜の探索へと繰り出すのであった。

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