たとえ今日が、終焉（おわ）りゆく明日の始まりだとしても｜リアクション

たとえ今日が、終焉（おわ）りゆく明日の始まりだとしても

　（つづき）

　七枷陣は紅の手をとるでも、三佐倉千絵の肩を抱くでもなく振り返った。
「お、フィギュアの展示スペースに新しいのが……あれってTOSのやつだ！」
　嬉しくて声を上げる。
　トレーディングカードゲームとしてはマイナーだと思っていた『A Tale of the Sky』略して『TOS』が、地味ながらいつの間にか人気を博し、とうとう関連商品まで発売されるようになったのだ。この店に来ても対戦相手など皆無だった時代から応援していた陣からすれば、我が子がホームランを打ったような喜びだ。
「TOSのフィギュア、発売されたって聞いてたけどもう入荷してたんだー」
　紅のことも千絵のことも忘れて、転がるようにして陣は展示スペースに駆け寄っていた。
　丁寧に組まれたフィギュアは、TOSの付属ストーリーのある場面を再現したものだった。
　黒い髪の少女が、砂浜を摸した土台に両膝をついている。頬や髪には土砂の汚れがついているが意に介す様子はない。両手を握りあわせ祈るような姿勢をとっていた。
「タイトルは……『昇るべき処』……か。あのシーンの表題と同じとか……わかってるなぁ」
　陣はため息をついた。
　ひざまずき天を仰ぐポーズ、わざとダメージ加工してボロボロにしたドレス、いずれも小説の一枚絵そのまんまではないか。
　このフィギュアの元になった小説を陣は嫌いだった。最初は。
　ふざけんな！　と容赦のない展開に怒り狂ったものだ。
　しかしその後のストーリーが、残されたキャラクターたちの立ち直りと成長の物語へと連なっていったことを考えると、必要な展開だったのかと、感想を改めたものである。
　と、こうして言葉にまとめると簡単だけど、そこに至るまでの道はまっすぐではなかった。陣にとっても、成長のために必要な物語だったのかもしれない。
　いつの間にか、紅が陣の隣に立っている。
「ああ、この原作小説の作者K2って、最初同人だったのよねー」
　反対側に千絵が立つ。
「それが後付けでオフィシャルの書き手に採用されたんでした。時間はかかりましたがこうしてフィギュアにまでなったのだから大したものです」
「なによアンタ、TOSには興味がないんじゃなかった？」
　陣の横から、紅が首だけだして千絵に呼びかけた。
「ぎょ、業務に関係する知識なので覚えただけです」
　身を小さくして、千絵は陣の影に隠れるようにした。
「にしては詳しくない？」
「私は記憶力がいいんですっ」
　紅はクククと笑っている。千絵はますます身を小さくしていた。
「記憶力がいい店長代理サン、だったらあたしの本名は覚えてるよね～？」
「わかりました。じゃあ、七枷さんのカタカナ案で手を打ちます」
「素直じゃないなあ……」
　彼女たちのやりとりを陣は聞いていない。フィギュアの土台に埋め込まれた金属プレートをつくづくと眺めていたから。
　制作者名は、『三佐倉京平』。
　この店のオーナーの名前だ。
　――てんちょーグッジョブ！！
　心の中で陣は、ガッツポーズを取っている。