たとえ今日が、終焉（おわ）りゆく明日の始まりだとしても｜リアクション

たとえ今日が、終焉（おわ）りゆく明日の始まりだとしても

　鴻上彰尋が病室を出てまっすぐ向かった先、エレベーターのところで香川道太郎が待っていた。
「鴻上君、喉渇いていないかい？　病院の自販機だけど、なにかおごるよ」
　話がしたいということなのだろう。彰尋はふたつ返事で応じた。
　紙コップにレモンティーを入れ、ロビーに腰を下ろす。
「来週が手術だって話、兄さんから聞いた？」
「ええ……良い結果をお祈りしています」
　うん、とうなずくと、道太郎は唐突に話を変えた。
「僕らはね、実家から逃げてきたんだ」
「実家から……ですか？」
「そう。藩ってわかる？　江戸時代の。あの藩主だかなんだかだったという格式ある一族の直系なんだってさ、僕ら兄弟は」
「すごいじゃないですか」
　素直に彰尋は言ったのだが、道太郎のほうは苦い表情を浮かべただけだった。
「すごくなんかないよ。家柄がどうこうといったって、兄さんや僕とは直接関係のない話だし。そもそも、没落しきって今じゃ、家の名に頼って生きているような人たちだから」
　道太郎はため息をついた。
「両親は、なんの役にも立たないプライドを保つためだけにほうぼうから借金を重ねてる。社交費用だとか、無駄に高い生活レベルとかのためにね。……ぱっと見は金持ちのようだけど、実際はずっと火の車なんだ」
　彰尋には経験したことがない苦悩があるらしい。といっても、経験したいとは思わないが。
「そんなうわべばかり飾る生活に我慢できなくなってまず僕、ついで兄さんが家から出奔した。僕は好きなことをやってのらりくらり放浪生活をしてきたけど、兄さんのほうは、自分の実力を証明したかったのか、あんなことをしでかしてしまった……巻き込まれた君たちには本当に申し訳なく思ってる」
「もう済んだことです。それに、お兄さんにも言いましたが、俺はドクターのしようとしていたことをすべて否定するつもりはありません」
「ありがとう。そういってもらえて、少し楽になったよ」
　これから、と彰尋は言った。
「おふたりはどうされるつもりなのでしょうか。寝子島に移住されてもいいと思いますが」
「いや、僕はそろそろ放浪をやめて実家に戻ろうと思ってるんだ。その日暮らしの芸術家は気に入っていたけど、正業に就くつもりだ。両親が強く勧めてくる縁談話にも応じる」
「縁談ですか」
「両親の作ったとんでもない借金を肩代わりしようという篤志家が現れてね。その条件が、僕か兄さんがその人の娘と結婚することなんだって」
　道太郎ははっきり言わなかったが、名家の名前ほしさの接近なのは明白だ。こうやって自分の家に箔を付けようという成金は、いつの時代にも存在する。
　このとき道太郎が、暗い目をしていることに彰尋は気がついた。
「あんな親でも親は親だ。兄さんは体調のこともあるから、縁談は僕が受けるしかない。でも、相手の娘さんはそれでいいと思ってるんだろうか……」
　しかしここで話を打ち切って、
「手術の結果がでたら連絡するよ。また会えたらいいね」
　と道太郎は声を明るくして言った。
「ええ、ではまた」
　彰尋も明るく返して立ち上がった。

　香川王堂の訃報が届いたのは、その日からちょうど一週間後のことだった。

　――『たとえ今日が、終焉（おわ）りゆく明日の始まりだとしても』　了

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あとがき

担当マスター：桂木京介
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　ご参加ありがとうございました。桂木京介です。

　各NPC、あるいはあなたのキャラクターに、一種の転機が訪れることを念頭にしてリアクションを組みました。
　意外な流れになった者もいることでしょう。客観的にはそれほどではなくても、忘れがたい記憶として残った者もいるかもしれません。
　いずれにせよ、心を込めて執筆しました。

　いつも申し上げておりますが、ご意見ご感想、あるいは次回シナリオのご要望など、あなたからのメッセージをお待ち申し上げております。

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