たとえ今日が、終焉（おわ）りゆく明日の始まりだとしても｜リアクション

たとえ今日が、終焉（おわ）りゆく明日の始まりだとしても

「三佐倉さん、待ってほしい」
　背後から呼びかけられて、三佐倉千絵は足を止めた。
「……ああ、先日の」
　ガーリーといえば聞こえはいいが、活動的な普段着というほうが適切かもしれない。ゲームメーカーのロゴが入ったTシャツに、サスペンダーつきのデニムショートパンツ、薄手とはいえジャケットを着た氷那月蒼破の装いとはひらきがある。
「すまない。呼び止めたりして」
　急に走ったものだから、やや蒼破は息が切れている。呼吸を整えてまず彼は、先日の例を改めて述べた。
「おかげであれからゲームにも上達したと思う」
「それは結構なことですね」
「それで……」
　この先を口にするのは躊躇（ためら）われた。
　しかし言わずにはおれなかった。
　静かな空間で、集中することだけに気を掛けていられる時間、それがどれだけ貴重で心地好いものであるかを蒼破は知っている。
　そんな時間をともに過ごしたいのだと、そう提案するだけのことなのだ。
　けれども気後れしてしまうのはなぜなのか。
　半秒に満たぬためらいを経て、蒼破は駄目元で言葉をかけた。
「星ヶ丘の喫茶店で、ボードゲームとチェスの対局に付き合ってほしい」

「……」
　脳内でローディングでも行っているのだろうか、しばらく千絵は無言だったが、やがて、
「ナンパ、ですか」
　短く告げた。
　そうか。
　蒼破は気付いた。
　躊躇の理由はこれだったのだ。そのような誤解を受ける可能性について、認識しておくべきだった。
「俺にそんな下心はない。三佐倉さんにプライベートな時間を割いてもらう願いはしたが、決してそんな……」
「わかりました」
　千絵はその言葉を遮った。
「若い男性のお客さんが多いゲームショップで働いていると、下心だけで接してくる人がときどきいるものですから。ですが、氷那月さんのことは信じていいと思いました」
　しかし、と千絵は自分の荷物を持ち上げた。
　ビニールバッグだ。
「今日は父が店にいますし、これから学校のプール開放に行くつもりだったのですが」
「それなら、プールが終わってからでも……」
「しかし今日は、どうせプールに行っても温泉につかりにいくようなものでしょう。やめておきます」
　そのあたりの決断は早いらしい。
「そこの喫茶店に荷物を全部置いてきてしまったんだ。支払いもあるし、少しここで待っていてくれまいか」
「いえ、星ヶ丘まで行く必要はありません。同じ喫茶店にしても、このあたりと星ヶ丘では価格帯がまるで違います。その店でご一緒しますよ」
　もう千絵は歩き出している。
「いや、たしかに星ヶ丘だと安くはないが、他者をもてなしたい気持ちに金銭的糸目は……」
「ご配慮は無用です。それに星ヶ丘は遠いですから」
　蒼破は千絵の背を追った。
　さきほどの店舗も静かではあったし、それならそれでいいだろう。