たとえ今日が、終焉（おわ）りゆく明日の始まりだとしても｜リアクション

たとえ今日が、終焉（おわ）りゆく明日の始まりだとしても

　やがて時間が来たので、まみ子はつぎの指名客のところに移動していった。
「マサぴょんごめんねー、またまみちゃんを指名してね～。愛してる～☆」
「何言ってんだか……」
　真遠はふっと笑ってしまう。いつの間にか、まみ子オリジナルの『マサぴょん』なる呼び名を気にしなくなっている自分がいる。つい余計なことも考えてしまったが、やはり楽しかった。
　真遠は手を挙げて、店員に次の指名を伝えた。
　ほどなくして、レトロ調、花模様の楚々たる浴衣を着た紗央莉が姿を見せた。
「あら、星山の若先生、ようやく指名してくださったんですね。ずっと待っていたんです」
　まさか本当に待っていたはずもないだろうが、紗央莉が言うと本当にそう思っていたように聞こえるのだから大したものだ。
　紗央莉は真遠の隣に座る。よそよそしいほどに遠くなく、ずうずうしいほどに近くないというちょうどいい距離で。
　そうして、魅惑的にくすりと微笑んでおしぼりを手渡してくれたのだが、真遠は苦笑気味に言った。
「紗央莉は、なにか不満でも抱え込んでるのか？」
「えっ、なぜ？」
　やはりな、と思う。紗央莉の口をついたのは『どうして』、ではなく『なぜ』だった。つまり、『なぜわかったの？』ということだろう。
「なぜって？　俺が紗央莉を指名するのは初めてなはずなのに、まだ名刺をもらっていないからな」
「それは、若先生とは店ごとお世話になっているから……いいえ、誤魔化しても無駄ね。そうです。不満ですとも」
　ふん、と開き直ったように腕組みして拗ねてみせると、普段キツそうなだけに紗央莉の可愛らしさは増す。
「図星だったか。俺でいいなら不満も聞くが」
「私……」
　言いかけたものの、
「いや、やっぱいいです！」
　と言って紗央莉はボーバンのハイボールを開けてしまった。
「途中でやめられると余計気になるんだが」
　本来作る側は紗央莉なのだが、ついつい真遠が二杯目を作っている。
「どうも」
　二杯目をなかばまで干して、ようやく紗央莉はぽつりと語った。
「笑わないで下さいね……私、友達いないんです。ていうか、できない」
　サッカーでたとえればコーナーキックを客席に蹴り込むような予想外の展開。思わず真遠は動きを止めてしまった。
「フツーにメイクを褒め合ったり、可愛いものの情報交換したり、休みの日に一緒に遊びに行くような友達。あ、男性客は別ですからね、休みの日に会いたいとかいうのは、間違いなく下心アリなだけだから」
　二の句が継げない真遠に構わず、紗央莉は続けた。
「店でトップになったら、心酔して近づいてくる子がいるかと思ってたんだけど、なんか冷ややかな目線ばかり浴びて……前の店でも、その前でもそんな感じで……」
「いやそれ友達の作り方としてはどうかと思うぞ」
　真遠には、それだけ言うのが精一杯だった。
　以下時間いっぱいまで真遠は、紗央莉の孤独トークを聞くはめになったのである。
　――妙な聞き役になってしまった。　
　やれやれ、と思う反面。
　これも職業柄ってやつか。
　と、どことなく達観する夜となった。