たとえ今日が、終焉（おわ）りゆく明日の始まりだとしても｜リアクション

たとえ今日が、終焉（おわ）りゆく明日の始まりだとしても

　太陽すら自身の熱と重さで、崩れ落ちかけているのではあるまいか。
　そんな錯覚をおぼえるほどの光景。
　真夏。
　しかしその灼熱は窓一枚を隔てた向こうだ。こちら側はまるで別天地、爽やかな冷気が満ちるなか、ひんやりした黒檀のテーブルに肘を乗せ、二本の指を唇に当てている。
　シーサイドタウンの洒落た喫茶店。
　卓上にはプラスチック製のボードと駒。いずれも、波に洗われた貝殻のような光沢を帯びている。
　これは先日氷那月蒼破が、ゲームショップ『クラン＝Ｇ』で購入したドイツ製のゲームだ。
　購入する前、蒼破は店長代理という少女に遊び方を指南された。二度遊んだが二度とも彼女に、赤子の手をひねるように簡単に打ち負かされている。
　彼女とは再戦を約束した。
　しかし実力が前と同じだとしたら話になるまい。
　そう思い、蒼破は何日もこのボードと駒でソロプレイを繰り返し、ルールとコツを把握していったのである。
　最初は未知の言語で書かれた書物を読むような気持ちだった。手がかりひとつない状態から辞書とにらめっこで、一行ずつ理解していくほかないかのように。
　けれども進むことは進んだ。前よりはずっと強くなったと思う。
　だがまだ、この程度では――。
　あの、迷いなき指し手の足元にも及ばないのではないか。
　そうなれば彼女を失望させてしまうだろう。それだけは避けたい。
　それだけは。
　自分よりずいぶん年下の様子だったが、蒼破はあの少女を子どもと軽んじたりはしていない。
　ゲームに対し毅然と向かい合い、加減というものをしない。
　感情を表にせず、エレガントな敬語を崩すこともない。
　そう、彼女を一言で言い表すなら。
　――淑女だ。
　その淑女、三佐倉千絵が硝子窓を横切ったので蒼破は仰天した。