夜に唄えば｜リアクション

夜に唄えば

●夜空を見上げて

　桜花寮。
　小山内海は自室の窓から外を眺めていた。

(今日の夜空はすごい綺麗)

　満天の星空に一際巨大に見える白い月。見慣れたものでありながら、それでも強く惹かれるものがあった。

（うん、この風景を残さないのはもったいないよね。この星空をスケッチしに出かけよう）

　そう思い立つと、海は出かける準備を整えて寮を出た。月明かりの下、外をゆっくりと歩く。目的地は以前に見つけた秘密の場所。裏路地を進んだ先にある、長い階段を登った先。
　中央に古びた手すりの設けられた石段は月に照らされて特別な道に感じられた。それはまるで空へ続くかのようだ。長い階段を登りきってちょっと開けた、小さな広場に到着。

(ここまで登ってくるのもちょっとは慣れたかな)

　風化の影響か、細かい砂が目立つ石段も決して短いわけではない。それでもここまで登るのは以前ほど苦ではなくなった。

（ここを見つけてからもう大体１年位は過ぎたんだっけ。２人にもこの場所のことを教えられたしね）

　ふと夜風が海の頬を撫ぜる。それに導かれるように歩を進め、広場から見える町に目を向ける。

（ここからの町の眺めは絶景なんだよね）

　街灯や建物から漏れる明かりで彩られた景色は、どこか特別なものを感じさせる。海はそのまま視点を上に移す。

（今日みたいに星空がきれいな日はほんとに絵になるなぁ。スケッチスケッチっと）

　海はスケッチブックを取り出すと、手頃な場所に腰を下ろす。日々何気なく眺めていた月も、星も、夜空も。今日は特別に感じられた。描きたい気持ちをそのままスケッチブックに向けて筆を走らせる。

（よし、こんなものかな）

　海はできあがった絵を確認する。満天の星空のなかで眩しく輝く白い月。お互いの光が打ち消しあうことなく、それぞれの良さを魅せるように煌く。

（そういえばここから街を見下ろすことはあっても空を見上げたことなかったなぁ）

　眼下に広がる街を見ながら、海はふとそんなことを考えた。

（高いところで視界も開けてて、見下ろしても空は視界に入ってくるからあんまり気にしたことなかったけど……たまには空だけを見るのもいいかも）

　そうと決めたら目を閉じて、地面に寝転がろうとする。土がつくのは想像がついたが、後で払えばいいかと思い、空だけを視界に収めようと横になる。

（せーの……わーっ……！）

　心の中で感嘆の声をあげる。夏の夜空に灯る星々と一際輝く月が海の瞳に飛び込んできた。

（すごい、街中と違って周りに光がないから街中よりも多くの星が見えるよ。こっちもスケッチしないと）

　この日のスケッチは絵だけでなく、海の心にも残ったことだろう。

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