夏夜に咲く桜｜リアクション

夏夜に咲く桜

「……夜？　何で僕が目覚めてるの？」

　一人ソファで寝ていた恵御納夏朝がぱちりと目を開けると良く解らない様子でそんな事を呟く。
　彼女は正確には夏朝ではない。夏朝の中にいる別人格の夏夜だ。

　時間は夜。ソファから起き出して夏夜が辺りを見てみればテーブルの上にお弁当や水筒、シート等が用意されていた。
　そして、残されていたメモを読んでみれば『夏の夜の桜、ぜひ夏夜ちゃんに見てきてほしくて』と書かれていた。

「……ああ、うん、そういえば何か昼に準備してたね」

　そう。夏夜が夏朝の記憶を想起してみれば、昼間に夏朝が頑張って準備をしているのを見る事が出来た。
　どうやら不思議な桜の話を聞いた時から、この計画を考えていたようだ。
　折角、夏朝が用意してくれたのだからと夏夜は桜を見にいく為に動き出した。

「へぇ、ここが温泉街か……」

　桜を探すためにまずは寝子温泉街へと出た夏夜。
　夏朝は来た事があるのだが、夏夜がこうして直接訪れるのはこれが初めての事だ。
　どうせならとついでに散策をしていく夏夜。夏朝を通して見たのと同じ景色に少しばかりテンションが上がったのかもしれない。

　そんな風に温泉街の景色を楽しみながらも、何時の間にか目的である真夏に咲く桜の下へと辿り着いた夏夜。
　まず驚いたのはその場所がとても広い草原になっている事だった。

（こんな広い草原……温泉街付近にはなかった、と思うけど）

　夏朝はこの辺を訪れた事もあったようだがこんな草原や桜の木など見た事はなかった。
　恐らくは神魂の影響でどこか別の空間に繋がっているのだろうなと推測をする夏夜。

（なんにせよ、これならフツウが壊れる危険はなさそうだ）

　もしかしたら、ただ桜が咲いているだけでなくて何かしらの危険がある可能性もあったが、この様子ならそれもなさそうである。
　そう思い、安心した夏夜は桜の近くにシートを敷いて、のんびり花見を楽しもうと動き始める。

「水筒の中身は麦茶か。えーと、弁当は……まぁ、夏朝が作ったものだから心配はしてなかったけど美味しそうだね」

　弁当の中身は、ツナマヨやおかかのおにぎりに卵焼きやウインナーやサラダが詰められていた。別の容器にはデザートとしてリンゴも用意されているようだ。
　コップに麦茶を注いだ夏夜はまずはとばかりにツナマヨのおにぎりを取って食べ始める。しっかり効いた塩味が口の中に広がるのを感じて、頷ぎながら頬張る。

「うん、夏朝は相変わらず料理上手だね」

　さて、次は何にしようかと悩みながら夏夜は弁当を平らげて行くのであった。

「聞いた話通り、写真も動画もだめか……多分、録音も無理だろうね」

　弁当を食べ終えた夏夜は写真や動画を撮れないかどうか試していたが、夏朝が事前に聞いていた通りに出来ないようであった。
　仕方ないと、せめて軽くスケッチしたりメモを取っておいたりしようと考える夏夜。

（桜の花びらは、持ち帰れそうなら少し持ち帰ろう。夏朝への土産に……栞になら、できるかもしれない）

　舞って落ちる桜の花びらを手に取って見ると普通の桜の花びらにしか見えない。これなら、恐らくは持ち帰る事は出来るだろうと夏夜は考える。
　恐らくは写真等がダメなのはこの空間そのものが特殊な為なのだろう。

（しかし……この空間の出現理由は何だろうね）

　考えて解る事ではない。
　だが、それでも夏夜は気になった。自らの名と同じ時に咲くこの桜の事が。
　もしかしたら、次の春までもたない桜や草花が咲ける内に咲いておこうとしたのだろうか？　と、そんな事を想いながら桜を見続けるのであった。

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