好き好き！大好き！？｜リアクション

好き好き！大好き！？

「あとは、片付けだけですね」
　図書室でのこと。
　図書委員の仕事を終えた綾辻綾花の言葉に、「ありがとう、お疲れさま」と早川珪先生は微笑んだ。
　と、その時である。
（……あれ？）
　ふよふよと舞い込んできたのは、季節外れの桃色の花びら。
　それは、綾花が瞳を瞬かせる間に早川先生の頭にぴたりとくっついて、途端、
「――綾辻さん、」
　普段とは違う、熱を秘めたような声で、早川先生が綾花の名を呼んだ。
「綾辻さん……好きだよ」
「……へ？」
「君のことを愛してる」
　甘く囁かれて、綾花の頭の中は真っ白だ。
　完全に思考停止。
　その代わりのように、心臓は、バクバクとフル稼働している。
「ま、待ってください。あ、あのっ！　えっと、その……」
　混乱する綾花が制止の声をかければ、早川先生は、切なげに眉を下げた。
「……駄目、かな？　迷惑だった？」
「いえ、あの、迷惑とか全然ないです！　むしろ嬉しいです。でも、あの……どうしよう」
　綾花、わかりやすくパニックに陥っている。
　そんな姿さえも愛らしいとばかりに、早川先生は目元に、口元に笑みを湛えていて――。
（きゅ、急な事で頭がついて行きません。深呼吸しよう。あれ？　深呼吸ってどうやって……）
　するんだっけ、と胸の内に紡ぎかけたところで、すっ、と早川先生の腕が伸びた。
　咄嗟に身を引く。壁に、背中が当たる。
　綾花の顔のすぐ横辺りの壁に手をついて、早川先生は、
「迷惑じゃないなら、良かった」
　と、体勢に反して、子供みたいに無邪気な表情で、笑った。
（こ、これが壁ドンですか？）
　距離が近すぎて、息がかかりそうだ。顔が火照る。
「何度言っても言い足りないから、もう一度言わせてね」
　――愛してるよ、綾辻さん。
　綾花の好きな声が、甘やかな言葉を織る。
　綾花の好きな笑顔が、熱く、自身へと向けられている。
（息が止まりそう……夢でも見てるのかな？）
　頬を抓ってみる。痛い。ならこれは……現実？
　遂に、額に口付けが零されようとした、その刹那。
「……あれ？」
　今度は早川先生の方が、瞳をぱちぱちと瞬かせた。
　はらり、あの花びらが、床に落ちて溶け消える。
「えっと……僕は、一体……？」
　壁ドンから解放された綾花の身体から、強張りが解ける。
　今は口元に手を宛がっている早川先生は、何が起こったのか、混乱している様子だった。
　そんな早川先生の姿を目に、綾花は細く息を吐く。
（……神魂の影響だって、今気づきました）
　そうだ、あの花びらなんて、最初っから怪しかったじゃないか。
（考えたら分かるはずなのに、頭が真っ白になっちゃったから……）
「――綾辻さん、」
　思考していたところに、早川先生の、声。
　先ほどの出来事が思い出されて、思わず、肩が跳ねる。
「変なことを聞くけれど……僕は今、何をしてたのかな？　確か、片付けをしようとして……それで……？」
　小さく眉を下げ首を傾げているのは、どこからどう見ても、正真正銘、いつもの早川先生だ。
　綾花の胸に、何とも言えない安堵が満ちる。
（……心臓に悪すぎです。まだドキドキ収まらないです）
　そんなことを思いながらも、綾花は、早川先生の言葉に応じた。
「夢でも見たんじゃないでしょうか。暑いですし、疲れが出たのかも」
「夢……？　……うん、そうかなぁ。そうなのかも。……あ！」
「な、何ですか？」
「綾辻さん、顔が赤いよ。大丈夫？　熱があるんじゃ……」
「だ、大丈夫です！　これも、夏の暑さのせいなので！」
　額に手が伸びそうになるのを、何とか阻止する綾花。
　そうして綾花は、額に、確かめるように自身の手のひらを当てた。
　あとほんの僅かで触れるはずだった口付けの温度が、そこに感じられるような気がして。