暑い時の遊び方｜リアクション

暑い時の遊び方

「お、いるいる。素材が溢れてるわ♪」

　これが正にうだるような暑さと言わんばかりの昼下がり。伊藤恵美は寝子ヶ浜海岸にやって来ていた。
　これだけ暑ければ海に大勢人が来るという事を見越して来たのだが、どうやらその予想は大当たりであったらしく、恵美の目の前には涼を求めてやってきたと思われる老若男女が水着姿で大勢いた。

「これはデッサンのし甲斐がありそう。今日は描きまくるわよ！」

　そんな風に言う恵美自身もシックな黒のタンキニを身に纏ってはいるのだが、本人の発言通り泳ぎに来たというわけではない。
　恵美の目的は漫画の為の資料用のデッサンであった。海にいる様々な人物のデッサンというのは平時では中々難しい為に、この時をチャンスとして描きに来たのだ。

「さ～て、デッサンデッサン。良質な漫画は日々の精進が物をいうのよ！」

　持って来たビーチパラソルを砂浜に立て、その下にデッサンを行う為の準備をする。
　準備が終わり、イスに腰をかけた恵美が辺りを見渡せばビーチバラソルの下で寝そべる若い女の子、何やら海に向かって叫んでいる疲れた様子の男の人、砂のお城を作ろうと奮闘している小さな子供達等々。
　デッサンの素材には事欠かない様子であった。正しくこれこそが恵美の望んだ情景であり、夏の海は素材に事欠かないわねと一人微笑む。

「そうねぇ。まずはあの子供達からいきましょうか！」

　喜々とした様子を隠さずデッサンを開始する恵美。その為に、子供達の方へと向きを変えるのであった。

「ねぇ。お姉さん、そんな所で絵なんか描いてないで俺と遊ばない？」

　恵美は砂浜で遊ぶ子供達を皮切りに、ビーチパラソルの下で寝そべる若い女の子やビーチボールで遊ぶカップルと思わしき若い男女、シートの上で弁当を食べる家族等々を時に位置を変えながらデッサンし続けていた。
　すると、横から不意に誰かから声をかけられる。デッサンをしている時ならばもしかしたら気付かなかった可能性もあるが、今の恵美は丁度描いていたデッサンが終了し次に書く素材を探していたところだったのだ。

　声がした方を向けばそこにいるのは髪の毛を茶髪に染めた若い男の子。かけてきた台詞からして、間違いなく恵美をナンパしているのだろう。
　その事に気付いた恵美は思わずあら～、私もまだまだ捨てたもんじゃないわね、と心の中で笑ってしまうのであった。

　正確に言えばまだまだ捨てたものじゃない、と言うよりもそもそもの話、年齢からすると異常とさえ言えるレベルであったりするのだが。
　童顔であるという事を考えても、恵美はあまりに実年齢と見た目の年齢が釣り合っていない。
　この声をかけてきた男子が自分よりも若干上程度だろうと判断したとして、その点に関しては彼はおかしくはない。

「ごめんなさいね」

　そう言いながら、恵美が左手薬指の結婚指輪を見せるれば、頭を掻いて残念そうに声をかけてきた男子は離れて行く。
　どうやらナンパはナンパでも悪質な人間ではなかったようで、その事にはホッとする恵美。時にはしつこく絡んでくる輩もいる事を知っているのだ。

「けど、旦那様にナンパされた事を言ったらどんな顔するかしら？　うふふ」

　恵美が浮かべるその表情は、帰宅してから話す良いネタが出来たと言わんばかりの悪戯っ子のような笑顔であった。

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