動物と暮らそう｜リアクション

動物と暮らそう

◆
　お昼を少し過ぎた頃の、寝子島のとある山道。
　山道の走り屋の噂を聞きつけた化神小次郎は、島岡雪乃先生――否、走り屋島岡雪乃と対峙していた。
　まだスタートラインについたところだというのに、ビリリと肌が痺れる。
　ちらりとみやった先生の横顔には、学校での面影はない。相棒の雌ライオンと一つになったかのような、獰猛な気配が満ちている。
　その気配に引っ張られたか、小次郎の口元に不敵な笑みが浮かぶ。
（あたしのクマッチこそが山道最速である事を、証明してやるぜ！）
　とある体育教師にそっくりな相棒を見やり、最速への意志を胸に燃やす小次郎。
　二人の前に立ったギャラリーの一人が、シグナル代わりにカウントを始める。
「五、四、三、二、一――」
　――スタート。
　直後、　ギャラリーの誰かが叫んだ。
「クマが前だ！」
　先行したクマッチが、雌ライオンの頭を抑える。
　山道なら最強はヒグマだ。そして相棒のクマッチは、そこらの熊とはわけが違う。
　頭を抑えたまま、最初のコーナーへ突入。
　小次郎は的確に指示を伝え、応じてクマッチは四つの足を横滑りさせる。
　すなわち、ドリフトである。
　ヒグマの巨体からは及びもつかないほどの、軽妙なコーナリング。
　連続するヘアピンカーブを、しかしクマッチはドリフトで過たず抜けていく。
　たとえコップを背中に乗せていたとしても、決してこぼすことないほど精妙に。
「今通過した！　クマのほうが先だ！」
「だが島岡も負けちゃいねえぞ！」
　何度めかのコーナー。
　ギャラリーたちが、勢い込んだ早口で電話越しに実況している。
　そこらの走り屋なら、とっくに振り切られているこの状況。
　島岡先生と雌ライオンは、小次郎とクマッチの走りについてきていた。
（ぴったりケツにつけてきてやがる！）
　隙を見せれば、一瞬で鼻面をねじ込まれるだろう。
　小次郎とクマッチのドラテクは人熊一体の領域。万に一つも隙はない。
　だが背筋を走る、ひりつくような熱が訴えている。
　なにか、なにかを仕掛けてくる気だと。
　そして迎える、数十度目のコーナー。
　両脇を樹々に覆われたそこで、背後の気配が加速した。
　コーナーのインはクマッチが取っている。だとすれば――
「――外からだと！？　なめてんじゃねーぞっ！」
　吼えるが如くに叫べば、クマッチのドリフトが一層鋭さを増す。
　だがその直後、小次郎は見た。
　コーナーの外を走るライオンが、木の幹を蹴って跳ぶのを。
「んなっ……！？」
「これがネコ科にだけ見えるライン！　この瞬間を待っていたんですよ！」
　跳躍の勢いのまま、雌ライオンがクマッチの頭を抑えた。
　次のコーナーで抜き返しを試みる小次郎とクマッチ、しかし島岡先生のコーナリングは尋常ではなく速い。
　まもなく連続カーブは終わり、直線へと突入する。
　そうなれば、トップスピードの差がそのまま勝敗を分かつだろう。
　つまり、小次郎とクマッチの負けだ。
　肉球はたれはじめ、血液は沸騰、クマッチの心臓――エンジンは爆発寸前。
　クマッチの熱が、掴まる手から流れ込む。
　その熱が告げている。

　まだつっこめる。
　小次郎とならは、命をかけて限界までぶっちぎれると！

「ああ！　死ぬ時は一緒だ！　限界までつっこむぞ！」

　そして最後のヘアピンカーブで、小次郎は見た。
　インの縁にできた、天然の段差を。
「いっけえええ！！　四足ドリフトッ！！」
「なんですってっ！？」
　今度は、小次郎たちが驚愕させる番だった。
　段差に足を突っ込み、全力のドリフト。
　雌ライオンのしなやかなドリフト、そのさらにインコースを最小半径で突っ切る最短コース。
　勢いを脱出速度へ乗せ、そのまま再び頭を抑える。
　直後、二頭が続けてゴールラインを越える。
「ねーちゃんとクマのコンビが勝ったぞー！」
　万雷のようなギャラリーの歓声が、勝者の名を告げ、そして称えていた。

このページにイラストを設定する