学食百景　～プレミアムメニューを堪能せよ！～｜リアクション

学食百景　～プレミアムメニューを堪能せよ！～

　一日の疲れを癒やすのは、一日最後の食事だと、誰かが言っているのを耳にしたことがある。
　食事は人間が生きていく営みにおいて、普遍的な喜びであると。

　そんな言葉を彼女が知っていたかどうかは定かでないが、今夜の彼女はひと味違った。
　夜の食堂に颯爽と姿を現す吉住志桜里は、万全を期した様子だった。

「あぁ、たまりませんね」

　メニューを見てにこりと目を細める。
　今夜彼女が目を付けたのはスタミナ丼とプレミアムかき氷パフェの抹茶シロップかけだ。

　とにかく肉、というコンセプトで有名な体育会系男子御用達のスタミナ丼の隣に、これでもかとトッピングを乗せふんだんにフルーツで飾り付けられた、女子に大好評のプレミアムかき氷パフェが並ぶ。
　壮観だった。
　吉住の笑みが自然と深くなる。
　カロリーの二大巨頭、双方ボリュームでもカロリーでも引けを取らない。さしずめ夏食堂の、王と女王だ。
　常人であれば怯むだろう。
　だが吉住に抜かりはない。
　もとより、食べきれないほどの食事を頼むような彼女ではないのだ。並の腹なら敗れ去る双璧を、米粒の一つ、水の一滴さえ残さず完食する心意気で、箸に手を伸ばす。

「さぁ、いただきます」

　品良く手を合わせて、スタミナ丼の丼に手をかけた。
　並の女子では太刀打ちできない重量感がある。一口目を口にした途端、ジューシーな肉の味わいとよく焼かれた肉ならではの歯ごたえ、米の味わいが伝わってきた。

「あぁ……、やっぱり最高ですね」

　目を細めて、しばし至福のひとときに酔う。
　肉を口に運んだ瞬間の多幸感は替えが利かないものだ。だがその間にもかき氷は溶けてしまう。

（これは、心苦しい物がありますね……）
　だがかき氷も美味しい内に食べてしまいたい。
　
（あぁ、何というジレンマ！）
　心が葛藤に揺れる間も、食事を続ける手を止めることはしない。
　そうするうちにスタミナ丼の底が見えてくる。無限に積み重なるかに見えた肉と米はついに終わりをみせ、静かな満足感を残す。
　米粒の一つすら残さず、無事に完食した。

「さて……」

　吉住の目はかき氷に向けられる。
　数々の甘味が、さっぱりした味わいの氷を媒介に集められた宝石箱。
　そこへスプーンを差し入れ、一つ一つの食材をクリームと絡めながら口へ運ぶ。この贅沢をどこまでも堪能し尽くす心意気だった。
　蕩ける桃、少しのアクセントを添えるチョコレート、甘くて柔らかな味わいのクリーム。そして、細やかに刻まれた氷。
　たった一口分であっても、得られる喜びは吉住を悠久の彼方へ誘うかのようだった。

「食べに来て、正解でした……」

　しばらくの間喜びをかみしめる。
　当初の決意通り、吉住は綺麗にかき氷も完食した。

　そこまでは、当初の予定通りだった。
　だが思わぬ不幸が吉住を襲う。

「うぅ……っ」

　不意にお腹が重たくなる。胃の中で脂が一気に冷えてしまったせいだろう。
　腹を押さえて、むぅ、と難しい顔をする吉住だ。

「まぁ、大した問題ではありません。今夜の食事をスープで軽く済ませれば良いんです」

　荷物をまとめて、食堂をあとにする。
　結局吉住は家まで走って帰り、無理矢理腹をこなしきったのだった。