学食百景　～プレミアムメニューを堪能せよ！～｜リアクション

学食百景　～プレミアムメニューを堪能せよ！～

　日直に当たった北里雅樹は普段より早めに登校していた。
　もっとも、北里が暮らしている猫鳴館からはそう遠くないから困ることはない。

　それでも少しだけ、億劫だ。
　普段から眠そうで気怠そうな顔をしてはいるものの、今日のこれは心の底からくるものだ。

　廊下からグラウンドが見えた。
　陸上部が朝練に励んでいる。
　見覚えのある姿が見えた。
　椎井莉鳥。
　こんな早くから、まったくご苦労なことだと思う。
　帰宅部の北里には無縁の努力だ。

　そんなことを思いながら教室の鍵を取るために職員室へ向かう。
　教室の鍵を開けてしまえば、他にやるべき事は無い。授業が始まるまで居眠りでもしようか。普段ならまだ、ゆっくり過ごしている時間だ。
　一度席に座ろうとしたところで、空腹に気がついた。
　確か食堂で、百円で朝食が食べられたはずだ。経済的に豊かとは言いがたい猫鳴館の住人としては有り難い限りだった。
　教室に荷物を置いて、食堂へ向かった。
　100円朝食の食券を買う。
　朝から食堂は混雑していた。この価格で朝ご飯が食べられるなら、利用する生徒も少なくないだろう。
　空いている席を探して、少し当たりを見渡す。

「……あ」
　椎井が、一人で朝食を取っていた。

──

　陸上部の朝練で早めに登校するのはいつものことだった。
　授業前にシャワーを浴びて着替えを済ませる。
　時計を見ると、まだ時間に余裕があった。
　朝練の後はお腹が空く。練習のことを思うとあまり朝から満腹にはなれないから、当然と言えば当然だ。

「百円朝食、まだ残ってるかな」

　安価で美味しい食事の恩恵にあやかろうとする生徒は少なくない。
　着替えを終えて、少し急いで食堂に向かう。
　朝からごった返していた。ガヤガヤと騒ぐ生徒たちの活気に満ちている。

　空いている席を探して座る。
　二人がけの席が残っていた。誰かと相席になるかも知れないとは思ったが、そう気にすることもないかと考え直して着席する。早く食べないと、授業が始まるわけだし、悩んでいる時間がもったいない。
　何の変哲も無い食事を摂る。
　このまま授業に向かう、いつも通りの一日が始まるはずだった。

　ガタリと、椅子が動く音がした。
　向かい側に誰かが座った。

　顔を上げることはなかった。
　それでも分かった。

　幼馴染みで、元々恋人で。
　二回だけ、一緒に、一線を越えた。
　彼を思って高鳴った心臓は、今は平静を刻んでいる。
　もう、感情が揺れることはない。

「よう、椎井」

　そんな風に自分に話しかけてくるのは、北里ぐらいだ。
　意外なのは、こんな時間に彼が登校していることぐらいだ。

「何してるの」
　だが返事はかみ合わない。
「朝練か？」
　リズムが、少しずつずれていくのを感じる。

「俺、今日日直だし」
　目が合うことは殆ど無い。
「いつものことだから」
「普段ならまだ寝てるんだけど」
「そろそろ調整しておきたかったし」
　かみ合わないまま、勝手なペースで会話を続ける。

　食事だけが進んでいた。

　何度、こんな時間を続けるんだろうと二人とも思う。

　いつが、最期の普通だっただろう。
　終わったはずの時間の残像を追いかけるのは、どうしてだろう。
　互いに逃げることも、距離を詰め切ることもしない。

　自分の心が見えない、と、北里は思う。
　卒業の日までこんな日が続くと、椎井は思う。

　食器が空になって、歪な朝食の時間が終わった。

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