【星幽塔】第一階層　マダムSの危険な館｜リアクション

【星幽塔】第一階層　マダムSの危険な館

●裏口にさらに二つの影

　修が帰ってこない。
　約束の時間が過ぎたのを確認した恵御納夏朝がマダムSの館の裏口付近に姿を現した。
　聞き耳を立て、人の気配がないことを確認するとピッキングに挑む。
（……ん、開いてる？）
　鍵はすでにティオレ達の手によって開いていた。
　ドアノブに手を掛けたところで、背後に人の気配を感じ、振り返る。
　しゃがみ姿勢で近寄ってきていたのは、水色の髪をしたアリス・ミーティア。夏朝には見覚えがあった。
「昼間、Ｂａｒアストラルにいたよね？」
　目的が同じなら一緒に行こうということになり、ふたりはそっと館の中に忍び込む。
　ふたりは、常に周囲の音等に警戒しながら、足音立てないように極力影の中歩くようにして、攫われた人達を探して部屋を見て回る。アリスは厨房で縛り紐を拝借する。
「何かに使えるかも」
　すると重たい足音が聞こえてきた。互いに息をつめて曲がり角の影に隠れる。そっと覗くと、武道を担いだ老執事が、陰気な扉の前で頑丈な鎖つきの鍵を開け、中に入っていくではないか。
　そのまま様子を見ていると、老執事はひとりで出て来て、元のように鍵を掛けなおして去っていった。

　老執事の足音が遠く去るのを待って、アリスと夏朝はくだんの扉の前に駆け寄った。
　夏朝が耳を押し当て中の様子を探ると、武道のものらしき呻き声と、彼を介抱するような声。
「……何人かいる。生きてる」
　中で自由に話が出来ているところを見ると、囚われ人だけが閉じ込められているようだ。
「もしかして、八神君もこの中に……？」
　ドキドキと鼓動が止まらなかった。
　腰に下げた道具袋からピッキングツールを取り出し、鍵穴に突っ込む。
　だが、鍵が開き切らないうちに、背後からしゃがれた声がした。

「本当に今日はネズミが多いですね」

　夏朝とアリスは、弾かれるように振り返る。
　そこには立ち去ったはずの老執事が立っていた。
　夏朝はぐ、と唇を噛んで、右手甲に仕込んだ肉球型戦輪に手を掛ける。
　しかしアリスが殺気立った夏朝の手をそっと抑え、「任せて」とウィンクする。
「この中にいる人で全員？　連れてきた人がどこに居るか、お・し・え・て♪」
　アリスのペンダントがほんのりと光を発した。宿したおうし座の魔星の力で、老執事を魅了しているのだ。
「……いいえ。まだ二人、マダムが寝室でお楽しみです」
「案内して♪」
　老執事がアリスを先導するように踵を返す。
　アリスは、振りかえって口の形で夏朝に伝えた。

　――ここは任せるね。

　夏朝は小さく頷く。
　老執事とアリスが行ってしまうと、夏朝はほっと肩で息をついて、盗人の力も発揮してピッキングに取り掛かりなおした。
「……開いた」
　音を立てないように鎖を外す。
　
　気配を消し、隠れて様子を見ていたティオレ・ユリウェイスは、夏朝が怪しい扉を開けたのを見て、慎重に姿を現した。警戒心いっぱいの顔で振り返った夏朝に、ティオレは両手を上げてみせる。
「おっと。敵じゃない。こっちも依頼を受けてね。ひとりよりふたり、協力し合わないかい？」
「……わかった。囚われた若者たちを、なんとしても救出しよう」