【星幽塔】第一階層　マダムSの危険な館｜リアクション

【星幽塔】第一階層　マダムSの危険な館

●マダムＳの正体

　マダムの寝室では、老執事を魅了して案内させたアリスとマダムＳが対峙していた。
「あなたがマダムＳ？　年って私より上？　７００歳ぐらい？」
　501才のアリスは悪気なく訊ねる。
　マダムはアリスのぴちぴちの肌を憎々し気に睨みつけた。
「貴女も依頼とやらかしら？」
「ん、まあね。それにしても無理やりは良くないよ。合意の上じゃないと。鞭打つのって面白いの？」
　拘束され、床に横たわる修と冬華についた、みだらな赤い傷痕を見て、アリスは興味津々に尋ねる。
「試してみる？」
　マダムの鞭が飛んできた。
　アリスは身軽に跳び退って避ける。
「大人のお馬さんごっこだね！　そこまでしてまで綺麗になりたいと思うほど好きな人でも居るの？
まさか老執事？」
「おだまり！」
　マダムは８の字を描く様に激しく鞭を振るう。
　アリスはそれを小さな翼を羽ばたかせてひょいひょい、と避けた。
「運動するのとおしゃれするのが若さを維持できる秘訣かな」

　勢いのよい足音が聞こえ、寝室の扉が激しく蹴り開けられる。
　ティオレと夏朝だ。
「地下室の若者たちは解放させてもらったよ！　マダムＳ、観念しな！」
「これ以上の悪事は許さない……！　志波先輩と滝原君が警備隊を呼びに行ってる。罪を償って」
　――この時を待ってた。
　修はにやりと笑うと、冬華に手を貸し立ち上がった。
「うぅ……。酷い目に遭いました……」
　修も冬華も手足の拘束が解けている。
　マダムの目が見開かれた。
「貴方たち、なぜ……？」
「こんな拘束、いつだって＜分解＞できたのさ。――さあ、脱出の時間だ」
　鋭い指笛を吹く。
　すると、天井の一部が派手な音を立てて崩れた。
　現れたのは潜んでいた刀。
　頭の中で撃鉄を落として＜加速＞すると、日本刀を振りかぶって、マダムの頭上から斬り下ろす！
「お楽しみはこれで終わりだ！」
「くっ……！」
　その瞬間、マダムの肉体が醜く黒ずみ、蝙蝠のような翼をもつ半人半妖の姿に変じた。
　背から生えた黒い翼を羽ばたかせて、マダムは刀の攻撃を逃れる。
「それが本当の姿か！」
　刀が壁を蹴って追いすがる。
　その顔はひび割れて醜く、先ほどまで妖艶さは見る影もない。
　吸血モンスターの本性を現したマダムは、刀の得物を狙って鞭を繰り出す。
　しかし鞭は、日本刀に届く前に弾け飛んだ。
　アリスの銃が硝煙を上げている。
「マダムは血を飲んでるの？　ビールの方が断然おいしいよ！　今度一緒に飲もう！」
「黙れッ！　女を捕らえよ！」
　命じられた老執事がアリスを背後から羽交い絞めにする。
「あうっ！」
　しかし老執事の足元を払って、ティオレがアリスを助け出した。
　ティオレはアリスが持っていた縛り紐で老執事を縛り上げる。
　ここまでされて変身しないということは、老執事はマダムとは違って人間のようだ。
　ティオレは鼻を鳴らして、マダムに向かって言い放った。
「あいにくあたしはいたぶられるより、いたぶるほうが好きなんでね」

　刀のすさまじい剣戟に圧され、老執事もあてにはできぬ状況。劣勢を悟ったマダムは天鵞絨のカーテンを引きちぎって、窓から逃げ出そうと身を翻した。しかし、突然天井が崩れ、窓という退路がふさがれる。
　修がろっこん＜分解＞で天井を崩したのだ。
「悪いが通行止めだ」
「何……ッ！」
　一瞬動きを止めたマダムの胸に、刀の日本刀が突き刺さった。
「これで、終わりだ」
「終わり……は、ハハッ、……イ・ヤ・よ！」
　マダムは力任せに日本刀を引き抜くと、巨大な蝙蝠に姿を変える。
　バサッと鋭く羽ばたき、天井の崩れ落ちたところから、空へ――！

「……逃げられた」
　夏朝がつぶやくと修は床に落ちた血だまりを見て、ゆるり首を振った。
「そう遠くまでは逃げられないよ。――それより、あの笛の音。警備隊が来たようだ」

このページにイラストを設定する