【星幽塔】第一階層　マダムSの危険な館｜リアクション

【星幽塔】第一階層　マダムSの危険な館

●地下室

　扉を開けた途端、ムッとする血の匂いが溢れてきた。
　下りの階段はらせん状で、むき出しの岩肌が冷たくぬめっている。
　夏朝とティオレが、衣服の端で口元を押さえながら下りていくと、中世の牢獄のような石壁の部屋に出た。
　部屋の壁からは鉄の鎖が伸び、首枷と手枷を嵌められ傷ついた若者たちが幾人も、ぐったりとした様子で繋がれている。
「ッ！　みんな、大丈夫！？」
　夏朝は若者たちに駆け寄った。
「助けに……来てくれたのか」
　顔を上げた若者は滝原レオンだった。
「うん。来たよ。頑張ったね……みんな助けるから……じっとして、今外す」
　夏朝は、ピッキングで若者たちの首枷と手枷を外しにかかる。

　歴戦のティオレは、部屋の様子を観察した。
　警報や監視用のマイクやカメラのようなものは見当たらなかった。
　扉はふたつ。自分たちが入ってきた扉と、奥へ続く扉。
　奥への扉を調べる。赤く塗られた鉄の扉で、重厚だが、鍵はない。
　ティオレは赤い鉄の扉を開けた。
「うっ」
　鉄錆と腐敗の混じったような鼻を突く強烈な匂いと、おぞましい赤の光景に、ティオレはすぐに扉を閉じる。
「……何かあったの？」
「見るな」
　夏朝の問いにティオレは答えた。見てはいけない。若い女の子に見せてはいけない。
　この先は、この世ではない。
「あとで城の警備隊に通報して、任せよう」
　ティオレの言葉に頷くと、夏朝は志波武道の枷も外し、水筒に入れてきたぬるめのスープを飲ませた。
「……生き返るよ、ありがと☆」
　武道は弱々しく微笑む。
「みんな、動ける？　逃げるよ」
　夏朝は、弱った若者たちに猫シールを貼り、ろっこん＜重く軽く＞で軽くした。これで女性の力でも軽々だ。ティオレと夏朝が肩を貸したり抱き上げたりして、地下室から地上へ若者たちをを運び上げ、裏口から逃げるよう誘導する。
　助け出せたのは全部で七人。
　一足先に地下室に運び込まれたレオンによると、マダムが飽きた若者は、この地下牢に運び込まれ、さらにそこでマダムの気の向くときまで鎖に繋がれ囚われ続けるようだ。レオンが共に囚われていた若者から聞き出したところによると、
「俺が運び入れられる前にひとり、赤い扉の奥に連れていかれたって。悲鳴聞こえたあと静かになって、二度と出てはこなかったそうだ」
　おそらく赤の扉の先にはもうひとつ出入り口があり、死体はそこから運び出されているのだろう。
「食事は出たよ。血を美味しくするために、って肉や香草を無理やり食わされた」
　レオンは赤く痕のついた手首を撫で、疲れと安堵の混じる笑みを浮かべた。

　こうしてティオレは依頼を受けた若者を取り戻した。
　一方夏朝は、まだ浮かぬ顔だ。
「……八神君がいない」
「彼ならまだマダムのところだと思う」と武道が言った。
「俺とレオン君で誘導して街まで逃げるよ。城の警備隊にも連絡する。だから、助けに行ってくれ」
　そう言うと、武道はマダムの魅了の力のことや、自分が知りえた情報を伝えた。
　夏朝とティオレは、互いに視線を合わせる。
「行こう……まだ助けを待ってる人がいる」
「そうね。依頼は果たしたけど、帰還する前にマダムに鉄槌を下したい気分よ」

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