うみねこで夏の味覚を｜リアクション

うみねこで夏の味覚を

●今日も１日、頑張りましょう

　綾辻綾花が大衆食堂『うみねこ』に行こうと猫鳴館を出た時、外は既に暑かった。

「おはようございます」
　店内の勝手口から厨房に入ると、魚戸ケンゾウ、魚戸ハルコ夫妻。
　アルバイトの鳴鏡院総悟が、食材の下拵えをしていた。
　３人は作業の手を休めず、綾花に挨拶をする。
　ハルコはナス、ピーマン、ししとうといった夏野菜を丁寧に切り、ケンゾウは夏定食に使う魚を器用に捌いている。
「さっそく、お手伝いをしますね」
　手伝います、と糸でそうめん束の端を縛っている総悟を手伝う。
「そうめんの端を糸で縛るのは、どうしてですか？」
「茹で上がった時に麺が水洗いしやすい、綺麗にまとまるってケンゾウさんから聞いたんだ」
　麺がまとまると箸で取りやすい、ということも教わったと付け加え。
　竹筒そうめんに使うのは、そうめん発祥の地とも言われている地方から取り寄せたものを使う。
　しっかりとしたコシ。煮くずれしにくい独特の歯ごたえ。舌ざわりの良さが特徴の細い麺だ。
「すごく拘っていますね」
「値は張るが、美味いそうめんを食わせたいからな」
　麺だけでなく、つけ汁も食べやすいよう夫婦二人三脚で試行錯誤して３種類作った。
「綾花ちゃん、店の掃除やってくれないかい？　ここはあたし達がやるから」
「はい」
　私も頑張らないと、と綾花は掃除用具を持って店内へ。

　綾花が店前の清掃をしていると、天満七星が『うみねこ』にやって来た。
「おはようございます、綾辻様。今日も暑いですわね」
　夏定食を食べにくる客の対応で忙しくなると思い、七星は『うみねこ』の力になるべく来た。
「天満さんと一緒に、お手伝いをするのは久しぶりですね」
　新装開店の手伝い以来、ふたりは『うみねこ』を手伝う機会が多い。
　七星が手伝うのは『うみねこ』が気に入った、という理由だけではない。
　奇をてらうでもなく、安心するお店を作る努力を続けている魚戸夫婦の手伝いを。
　安心して、客が食事を楽しめるようにしたい。
　魚戸夫妻の『うみねこ』を思う気持ちに突き動かされ、七星は自分の意志でここに来たのだ。

　２人でテーブルを拭き、お座敷の畳の掃き掃除、床のモップがけと、店内清掃はあらかた終わった。
　一通り終わると、綾花はある紙を持って外へ。
「それは何ですか？」
「夏定食と限定メニューの宣伝用のものです」

【夏定食８月３１日まで】
【そうめんと冷やし中華でひんやり涼しく】
　といった文字が綺麗に書かれていた紙を見せた。
　作る前に、ケンゾウに作ってもいい、張ってもいいという許可を貰っている。
「良い出来ですわ」
　ふたりで１枚ずつ開き戸の目立つ場所に貼ると、注文が増えそうだと顔を合わせて微笑んだ。

　店内清掃が終わったので、七星は魚戸家の居間を借りて着替えようとした時。
「ちょっと、頼みたいことがあるんだけどいいかい？」
　木の板を持ったハルコに夏限定メニューのお品書きを書いてほしい、と呼び止められた。
　夏限定メニュー考案に予想以上に手間取ったので、壁にあるお品書きはハルコが大急ぎで書いたものだ。
「わかりましたわ」
　お客様が食べたいと思いますようにと願いを込め、七星は丁寧に、一文字ずつ書いた。

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