もしものわたし｜リアクション

もしものわたし

「シーナ、何処へ行く気だ？」
　窓から家の外へ――出ようとしたところで、鋭い声に縫い留められる。
　びくりとして、シーナ・キュクノスは背後を振り返った。
　そこに立っていたのは、シーナの兄・アリステオ。
　シーナにとっては、アリステオは優しい大兄様だ。
　けれどそのアリステオが、今は整ったかんばせに、真面目な性格に似合った厳しい表情を乗せている。
「えっと……ちょっとお散歩に？」
　見つかった！　という動揺をなるべく顔に出さないように気を付けて、微笑むシーナ。
　何とか誤魔化されてはくれないだろうかと、歩み寄ってきた兄を、小首を傾げて上目遣いに見上げるも、
「またあのおっさんの所に行くつもりだな。剣ならお兄ちゃんが教えてやるって言ってるだろう」
　と、アリステオは仰々しく嘆息した。
　この言葉に、「そうは言うけど、」と、シーナはむぅと唇を尖らせる。
「大兄様はいつも僕を赤ちゃんみたいに扱って、全然本気で相手してくれないじゃないですか」
「何？　いや、俺はそんなつもりは……」
「どんなつもりかは知らないです！　その点、師匠はちゃんとしてくれるし、それに……」
　――僕が、あの人に会いたいから。
　続くはずだった言葉は、すんでのところで飲み込んだ胸の中で甘く蕩けた。
　頬が火照るのを感じながら、慌ててアリステオの方をちらと覗き見れば、
「っ……可愛い俺のシーナがたぶらかされている！　あのおっさんめ！」
　と、兄は丁度、頭を抱え、膝をついて崩れ落ちていくところだった。
（……大兄様って、いつもかっこいいのに時々変だよね）
　先ほどの鋭い声とか、厳しい表情とか、全部台無しである。
「うう……シーナが大人になっていく……」
「当たり前です！　僕だって、もうすぐ１５歳ですよ！　成人です！」
「年齢は関係ないぞ！　シーナは幾つになっても、俺の可愛いシーナだ！　それなのにあのおっさんが……」
「もう！　兄様達だってお世話になってるのに、そんなこと言っちゃダメですよ」
　めっ！　とばかりに叱られる大兄様。
　そう、兄弟揃って星幽塔まで逃げ延びて、あの人に出会ったのは類稀なる幸運だ。
　そのことをアリステオもわかっているから、シーナにぴしゃりと言われてしまって、返す言葉がないらしい。
　崩れ落ちたそのまま、蹲り唸っているアリステオを前に、さてどうしようかと考えていると、
「シーナ！」
　窓辺に、シーナの２人目の兄・ヘリオが、颯爽と現れた。
　ヘリオが、にっ、と悪戯っぽく白い歯を見せる。
　それを合図にしたみたいに、シーナは、パッと窓に向かった。
「ごめんなさい、大兄様！」
　ヘリオが、シーナの身体を軽々と宙へ、そして地面の上へと導く。
　着地は完璧。怪我はしない、怖くもない。
　ただ、胸が、興奮にドキドキとしていた。
　ヘリオに手を引かれるまま、シーナも走る、走る。
　家の方から、アリステオの怒声（あのトーンはヘリオに向けられたものだろう）が追いかけてくるが、
「しっつこいよな、まったく」
　と、ヘリオは微塵も相手にしなかった。
「ねえ中兄様、大兄様、来ると思います？」
「１００％来るだろうな」
「ふふ、僕もそう思います」
　繋がれた手の温度が、心にまで染みる。なんてあたたかいんだろう。
　アリステオが追いかけてくるのだって、面倒なことにはなりそうだけれど、嫌ではなかった。
　加えて――この道の先には、シーナの会いたい人がいるのだ。
（父様達は見つからなかったけど……僕には兄様達がいるから寂しくないです。それに……）
　優しいお師匠様もいるし、と、シーナは口元を柔らかに綻ばせた。

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