夏カゼ、引いちゃいました｜リアクション

夏カゼ、引いちゃいました

「あっ」
　思わず声を発したが、それが何の助けになることもなく。佐藤英二の見ている前で、グラスは揺れて傾いでそのまま倒れて転がった。
　やってしまった。
　ふきんでテーブルにこぼれた液体を拭き取る。
　このときは、目測を誤ったせいだと思っていた。
　なんだか食欲が湧かなくて。適当につっついたり、ぐずぐずしていたから、こんなことになったんだと。
　その他にも、歯を磨こうとして歯磨き粉を歯ブラシにつけ忘れていたり。
　制服に着替えている最中、引き出しから出して仮置きしていたはずのネクタイの場所がわからなくなって机の下とか探していたら、最初に見たはずの場所にしっかり置かれていたり。
　今朝は妙にそそっかしいというか、注意力散漫になっているなと思ったら、案の定、熱が出ていた。
　37.5度。一番体にだるさを感じる高さだ。
「……うわ。どうりでなんか体の節々が痛むと思った」
　そういやなんだかのどもいがらっぽいし。
　風邪をひいたかもしれない。
　だけど……微熱って、病院へ行くほどのことでもない気がして微妙に思えるのは自分だけだろうか。
　かといって、解熱剤を飲むほどの高さでもない。この微妙な感じ。
「風邪なら、薬を飲んで寝てたら治る、か……？」
　マスクをし、注意深く行動すれば学校へ行けなくもない程度だが、経験則として、体の関節部位が痛むのはここからさらに熱が上がる予兆だ。
　学校で高熱を出して動けなくなると、学校のみんなに迷惑をかけてしまうだろう。
（……でもそうしたら、ののこさん、心配してくれるかな……）
　ちらっと頭をかすめたが、次の瞬間打ち消した。
　それこそだめだ。もしこれで彼女に風邪がうつったりなんかしたらやばい。
「うん。やっぱり、きょうは休もう」
　電話をかけて、風邪で発熱のため欠席すると伝えると、さっそくドラッグストアへ向かった。
　熱が上がって動けなくなる前に、用意をしておくのだ。
　お店の薬剤師に相談して、よく効く風邪薬１箱と、スポーツドリンク６缶を買ってくる。４缶を冷蔵庫で冷やし、１缶で風邪薬を飲み、１缶はもしものときの解熱剤と一緒にトレイに乗せて枕元へ置き、ベッドに入った。
　横になって早々に、ぞくぞくする寒気がやってくる。布団にくるまっているのに寒さで震えがきた。
　気分が悪い。
　頭が重くて痛い。
　ごほごほと咳が出始めた。
　ついに本格的な風邪の襲来だ。
　水分を補給し、薬を飲んで、ベッドに入った。もう打てることはない。
　早く薬の効果が出ることを期待して、我慢して目をつぶり、頭をからっぽにする。まさに人事を尽くして天命を待つというやつだ。
　鼓膜がじんじんしてきて、ああ、熱が上がり始めたな、とぼんやり思う。けれど早々に飲んだ薬のおかげで、あまり苦しむことなくいつの間にか英二は眠りに落ちていた。

　夢も見ないくらい、深い深い眠りで。
　気がつけば、もう朝になっていた。
　ベッドから身を起こして伸びをする。無意識のうち、高熱から逃げるように手足を縮め、長い時間同じ体勢でいたせいで萎縮した筋肉が重く痛んだけれど、動かしていればすぐにほぐれて元に戻るだろうことはわかっていた。
　頭もすっきり、一日絶食したせいで、おなかも空いている。
「効果覿面。
　やっぱり風邪は引きはじめのうちに薬を飲んで寝るのが一番だな」
　昨日の調子の悪さが跡形もないことを確認して、ほっと胸をなで下ろし。英二は着替えを手にシャワーを浴びに向かった。
　

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