７月の☆ハッピーバースデー｜リアクション

７月の☆ハッピーバースデー

●７月１７日　～七瀬のＢｉｒｔｈｄａｙ～

　高校の夏休みが間近に迫った、ある日のこと。
　倉前七瀬は困り顔で、開封した荷包みの中身に頭を抱えていた。
「ふむ。どこの本棚に仕舞ったものか」
　包みには、分厚い本がぎっしりと詰め込まれていた。
　中身は最新の辞書である。すべて七瀬の両親からの贈り物だった。
「欲しかった本ばかりなのは嬉しいんやけども、スペースを考えんと」
　添えられた手紙に書かれた「おめでとう」の一言に、七瀬は思わず苦笑いを浮かべる。
　桜花寮に住む彼にとって、かさばって重い辞書は、収納場所を作るだけでも一苦労なのだ。
「ふむ？　それにしても、いったい何がおめでたい――」
　ふとカレンダーに目をやって、七瀬はようやく思い出した。今日は誕生日ではないか。
　どうやら本が好きな彼のため、両親からの誕生日プレゼントということなのだろう。
（……ってこれ前の年も同じことあったような気がします）

　せっかくの誕生日だからと、見繕った本を数冊手に、外を散歩することにした。
「いやあ、それにしても湘南の夏は本泣かせですねー。日差しは強いし、潮風だし」
　丁度お茶に良い時間だったので、七瀬は喫茶店にしけ込むことにした。顔見知りにでも会えたなら一緒にお茶して話でもしたい、そんなことを考えながら。
「なんと言っても誕生日ですからね。……まあ、当の僕は忘れとったわけですけれども」

　そうこうするうち、行きつけの一軒が見えてきた。
　ドアベルを鳴らし、いつもの席へと案内されると、七瀬は本を手に優雅なひとときを味わい始める。
　注文した紅茶をお供に、送られてきた本に没頭する。
　七瀬にとって幸せの一時だ。
　お替わりでも頼もうかとメニューに手を伸ばしたとき、ふと七瀬を呼ぶ声がした。
「やっほ～七瀬ちゃん、やっと見つけたわよ♪」
　顔を上げた先で、早坂恩が手を振っていた。
「恩やないですかー。なんしとーとですか？」
「うん。ちょっと七瀬ちゃんに用があってね」
　七瀬は不思議そうな顔をする。
「……僕に用ですか？どうして？」
「もう、野暮なんだから。だって今日は七瀬ちゃんの『特別な日』でしょ？」
　そう言って恩は、綺麗にラッピングされたプレゼントを手渡した。
「はい、お誕生日おめでとう。中身は……七瀬ちゃんが確かめてみて」
「ありがとうございます。では」
　包みの中から現れたのは、ランプだった。お洒落と実用を兼ね備えた良い品だ。
「ベッドサイドランプって言うの。読書のお供にどうかしらって思って」
　気に入ってくれたら嬉しいわ、とちょっぴり弾む声で笑う恩に、眠そうな目を緩ませて、七瀬が笑う。
「誕生日を友だちに祝われるなんて、ちょっと気恥しいですね」
　そう言って七瀬はプレゼントを受け取った。
「ありがとうございます。大事にしますね」
「あ、そうよ！　せっかくだから、ここでお祝いにケーキセットを頂いちゃいましょ！」
　大事なことを思い出した、とばかりに恩はぽんと手を叩いた。
「店員さん～、私ショートケーキと紅茶のセットでお願い♪」

　―

　注文の品は、程なくしてやって来た。
「ところで七瀬ちゃん、なに読んでるの？」
「これですか？　最新の辞書です」
　フルーツタルトを突きながら、七瀬が笑う。
「時の移ろいと共に変わっていく、言葉のありようがよく分かります」
「好きだもんねぇ、辞書。ひょっとして、それもプレゼント？」
「ええ。両親からね」
「ふふふ。いいご両親だね……って」
　紅茶のカップに手を伸ばしながら、ふと恩は思った。
　ひょっとして七瀬は、すでに誕生日ケーキが用意されているのでは……と。
（男の子ですもの、きっと食べれるわよね！）
「恩にも一口プレゼントです～」
　言い聞かせた恩に、七瀬は笑顔でお裾分けを差し出すのだった。