【水泳大会】レースとシャチと、あとサメ（白猫組サイド）｜リアクション

【水泳大会】レースとシャチと、あとサメ（白猫組サイド）

●メドレーに向けて

　朝鳥さゆるは、滅多に学校に来ない。
　学校行事をまともに把握しているわけはなく、今日が水泳大会だと知ったのは登校してからだった。
　当然、大会にかける情熱の類なんぞ持ち合わせては居ない。
　さゆるが選手向けの待機スペースで、ずっと膝を抱えてぼんやりしていたのは、至極当然なことだった。
　応援の一つもしないし、そもそもレースを見てもいない。
　そんなだから、
「確かメドレーに出るんですよね。もうすぐですよ」　
　水泳部員の水上桜に声をかけられるまで、出番が来たことにも気付いていなかった。
　微かに――本当に微かにだけ頷いて立ち上がると、驚きの多分に混じった視線がそちらを向いた。
　二十代前半にしか見えない大人びた容姿に、高校生が纏うにはあまりに退廃的な美貌。
　そんなビーチドレスの類の方ががよほど似合いそうな女が、寝子高のスク水を着ているのだ。目を引くのも当然だろう。　
　けれど気にした風もなく、さゆるはすたすた選手の集合場所へと向かっていった。

　メドレー出場者の集合場所へと向かった水上桜の視界に、見慣れたはちみつ色の髪が映った。
　水泳部の先輩の、雨崎荒太郎だ。桜に気付いて、おっとりとした笑顔を向ける。
「水上さんもメドレー出るんねー？」
「ええ。というか先輩、白猫組だったんですね」
　荒太郎が立っているのは、白猫組の選手たちの列。どうりで黒猫組の待機スペースでは、姿を見なかったわけだ。
「うん。水上さんは黒猫組だっけ？」
「はい、負けませんよ」
　ニッコリと口の端を上げる桜だが、その目はあんまり笑っていない。
　荒太郎との関係がどうこう、って話では決してなく。先輩相手だろうと勝ちに行く、という気持ちが目に出てしまっているだけなのだろう。
　そうでなくとも、一般種目――それもメドレーで、水泳部員がそうでない人たちに遅れを取るわけにはいかないし。
　後輩のその気負ったような雰囲気を感じ取ったのか、荒太郎はふわっと笑う。
「ぼくも水泳部らしく頑張るよー！　いつもみたいにめっちゃ泳ごう！」
　気合だー、とぶおんぶおんエアバタフライ。
　荒太郎のそんな様子に、桜は思わず口元を綻ばせた。
「そうですね。いつもみたいに」
　勝ち負けにこだわらず、というのは桜の性分的に難しい。
　けれど、普段通りに泳ぐのは確かに大事だ。
　焦っていつものパフォーマンスを発揮できずに負けてしまったら、たぶんそれが一番悔しいから。
　とはいえ。
「それはそれとして、負けませんからね」
「ぼくも気合い入れて泳ぐからね！　負けないよー！」
　大会なのだから、見知った相手と火花を散らすのも、醍醐味の一つだろう。
　
　メドレー選手の登録リストの確認をしていた羽生碧南は、ふときづけば、そんな先輩後輩のやり取りに耳を傾けていた。
　負けず嫌いの主人公に、それ柳に風といった雰囲気で受け流す先輩……。
　部活モノとかだと、なかなか美味しいシチュエーションじゃないだろうか。
　最初は先輩はちゃんと相手にはしてくれないんだけど、ある日勝負を受けてくれたかと思うと――
「碧南ちゃん、確認終わったー？」
「ふわっ！？　っとと、よいしょっ！」
　急に声をかけられ、登録リストを挟んだボードを取り落としかける。
　間一髪で胸に抱えて振り向けば、野々ののこが「どしたの？」と首をかしげていた。
「う、ううん何でもないよ！　確認まだ途中だったから、すぐすませるね」
　まさか乙女ゲー的シチュエーションを妄想していたなどと、言えるはずもなく。
　思わぬところで出会った良いシチュエーションを惜しみつつ、体育委員としての仕事にもどる碧南だった。