あなたの《誰か》を教えてください！パート２｜リアクション

あなたの《誰か》を教えてください！パート２

　遊びに出かけるその道中で、滝原カノンは見知った顔を見留め、
（あ、またあのおじさんだー）
　と思った時にはもう、どこまでも屈託なく、相手に声をかけていた。
「おじさん！　どうしたの？」
　俯きがちに歩いていた『おじさん』は、カノンに気付くと、殊の外驚いたように目を瞠った。
（いつもみたいに変なこと言っていなくなるのかな？）
　なんて、カノンはちょっぴり待ってみたのだけれど、
「……おじさん？」
「あ？　ああ……」
　今日の『おじさん』は、カノン曰くの、《変なこと》は言わなかった。
　どころか、目の前のカノンに何と言葉をかければいいのか、迷っているふうにさえ見える。
（あれ、今日は違うんだ。本当に、偶然会っちゃったみたい）
　少しの逡巡のあと、『おじさん』は、
「……学校は楽しいか」
　と、ぼそり、小さな声で尋ねた。
　うん！　と、ぴっかぴっかの笑顔でカノンは頷く。
「楽しいよ！　友達だってできたし！」
「そうか……友達もできたのか。家族は、元気にしてるのか」
「にーちゃんもばあちゃんも元気だよ！　おれも元気！」
　満面の笑みで答えれば、『おじさん』はもう一度、「そうか」と呟いた。
　その目元が、口元が、寂しげな微笑を形作る。
（――まただ）
　カノンは、ちゃんと気付いていた。
　この『おじさん』がいつも、どこか痛そうな、切なくなるような目で自分を見ることに。
（何でだろう？）
　不思議に思って、じぃと相手の顔を見つめていると、
「どこかに行く途中だったんじゃないのか」
　と、『おじさん』が言った。
　あ！　と、緑の双眸を見開くカノン。
「そうだった！　じゃあおじさん、またね！」
　手を振って、《また》の挨拶をする。
　また僅か迷うような間を置いたあとで、『おじさん』も、小さく手を振り返してくれた。

「……はあ」
　カノンの背中を見送った、そのあとで。
　謎の『おじさん』改め長谷川知之（はせがわともゆき）は、疲れたような息を吐いた。
　まさかカノンに――息子に、こんなふうに偶然会うだなんて。
　結婚詐欺同然の形で自分の前から姿を消した、かつての交際相手。
　彼女との間に我が子がいることを知ったのは、彼女が消えて１０年ほどが経ってからだった。

「ああ……めんどくせえな」
　がり、と、首の後ろを掻く。
　行方を追って寝子島を訪れるほどに、息子のことを気にかけて止まない自分。
　偶然顔を合わせてみれば、情けないほど狼狽してしまう自分。
　当たり障りのないような問いへの返答が弾む色を帯びていたのに、心底から安堵する自分。
　それだけ息子のことを想いながらも、自身が父親だと明かす気はない自分。
　どれもこれも、呆れるほど面倒臭い。
「……どこへ行くんだったんだろうな」
　気だるげな声に、応えるものはない。
　遊びにでも、出掛けるところだったのだろうか。
　例えば――これもまたカノンの知らないことだが――知之が彼に贈ったカプセルギアを、携えて。

このページにイラストを設定する