夢のふくびきや、再び｜リアクション

夢のふくびきや、再び

　アイオ・キャンドライトは白い天蓋付きのベッドで目を覚ました。
「んん」
　アイオはこの国の領主の娘。生まれてから屋敷の外に出たのは両手で数える程度。
　勉強は家庭教師がつき、多種多様なお稽古を毎日している。その行く果ては領主である父親にとって有益な家へ嫁ぐこと。道具のようなものなのかもしれない。
「はあ」
　今日は朝食後に国語と地理、歴史の勉強をして昼食後はダンスとバイオリンの稽古をする予定だ。
「私は一体なんのために生きているのでしょう」
　と、その時、ドアをノックする音がした。
　アイオの一日が始まる。

　その夜、自室のガラス扉が開く音に目を開けた。
　体を起こしたアイオの前に立っていたのは、灰色のマントを着た男。金髪に白い肌、切れ長の瞳は月色をしていた。
「誰、ですの？」
　彼はベットのそばまで歩み寄ってきた。
「騒がないでくれよ」
　彼は片目を閉じ、唇に人差し指を当てた。その仕草が流れるように優雅だ。
「外から来たのですか？」
「ああ、そうさ。君の家に泥棒に入るためにね」
　悪びれもなく言う。
「……私はアイオ、と申します。あなたは」
　彼は顎に手を当て、少し考えた後、
「僕はエヴァンだ」
　彼の話を聞くと、ただの泥棒ではないことがわかってきた。
　お金持ちから盗んで貧しい人々に分け与える義賊のようなことをしているらしい。
「そんなわけで、見つかったからね。俺は退散することにするよ」
　アイオは背を向けた彼の腕を両手で掴んだ。
「ここから出たいのです、私を……私も盗んで下さい」
　彼は驚いたようだった。
「この恵まれた生活を自分で捨てるのかい？」
「はい」
　しばらくの間、エヴァンの瞳は冷たい光をたたえていたが、
「わかった。ただし、泣き言は禁止だ」
　アイオは怯むことなく頷いた。

　屋敷から連れ出されたアイオはエヴァンと共に様々な町を回った。
　初めて海や空にかかる虹を見た。新鮮で、何よりエヴァンと一緒にいることが楽しかった。

　エヴァンのことを意識し始めた頃。
　訪れたのは水の街だった。水路が通り、所々で噴水が出ている。基本水没しているので、人間の足場は桟橋と浮石の上だけだ。
「ま、待って下さい、エヴァン」
　身軽なエヴァンは浮石を跳んで、先へと進んで行ってしまう。
「本当にこういうことが苦手だね」
　エヴァンに笑われてしまい、アイオは慌てる。
「い、今は確かに苦手ですけど」
　と、その時、
「きゃっ！」
　濡れた浮石に足を滑らせ、バランスを崩してしまった。水に落ちる！　アイオは目を閉じるが、
「おっと」
　気づけばエヴァンに支えられていた。抱きつくような格好だ。
「あ……」
　野宿をした時や、節約のために同じ部屋に泊まった時は隣同士で寝たことがあるのに、触れ合っているだけで胸が高鳴る。
「大丈夫かい？」
「あ、はい。驚いてしまって」
　離れて見上げると、エヴァンの表情は固かった。
「どうか、しましたの？」
　そう問うと、彼がいきなりアイオを抱きしめた。小さな浮石の上で。
「エヴァン……？」
　心臓の音がうるさい。顔が熱い。
「参った。こんなつもりじゃ」
　そこでようやく、自分とエヴァンの気持ちが繋がっていることに気づく。
　だが、希望に満ちた未来は打ち砕かれる。
「いたぞ！　あの男だ！」
「お嬢様もいる！」
　数十人の兵士が剣を構え、一斉に攻めてくる。
「逃げて下さい、エヴァン」
　叫ぶのと同時、跳躍した兵士がアイオをかばうエヴァンに襲い掛かる。
「危ないっ」
「アイオ！」
　とっさにエヴァンの前へ出て、剣の攻撃を受けてしまう。右肩からわき腹の辺りまで、鮮血が飛び散り、最期の時だと悟る
（でもいいのですわ、あなたが助かってくれたなら……）
　意識はゆっくりと遠のいていった。

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