僕の歌は君の歌｜リアクション

僕の歌は君の歌

　楽しく明るく、きっちりと最後まで歌いきった。
　ふうっ、と息を吐くとマイクを切って、
「歌って気持ちいいですよねー」
　にこと屋敷野梢は笑みかける。
「……おー、歌うまいねぇこずえちゃん」
　これでやっと我に返ったように、ぱちぱちと壬生由貴奈は手を叩いた。聴いている間はほとんど圧倒されたようになっていたのだ。
「カラオケはこうやって人が歌ってるのを聞いてるのも楽しいねぇ」
「いやあ、どうも」
　はにかみ笑いしながら梢は由貴奈にマイクを示す。
「次は壬生先輩ですよー！」
　あ、そうだった、と由貴奈はリモコンに目を戻した。
「うちはー……どれにしよっかなぁ、よく聴くのはバラードだから、とりあえず適当に……」
　迷ったけれど最初に思いついたものを入力してみた。
　たちまちモニターに曲が表示された。
「おー！」
　曲のタイトルを目にしただけで梢は嬉しくなっていた。自分の声とは声質が遠く音程がとりにくい曲だった。かつて梢もカラオケで挑戦したことはあるが、そのときはリモコンを操作してキーを変えたはずだ。
「えーと、上手なこずえちゃんのあとで歌うのは恥ずかしいけど、こんなところでどうかなー」
　ついMC風に由貴奈はマイク越しで言ってしまう。
　では、と歌に入った。
　とても有名なバラードだ。カラオケ人気も高い。しかし歌いこなすのは難しいとされている曲だった。海を思わせるようなスケール感と澄んだ歌声、加えて感情に押し流されない怜悧さが求められる歌だからだ。
　しかし由貴奈の声はこの曲にぴたりとはまった。冷たい手触りのあるオリジナルとは違うのだが、むしろ自身のオリジナル曲のように、優しく温かく伸びやかに歌いこなしたのだった。しかも原曲キーで。
　梢は目を閉じていた。この歌声にずっとひたっていたいくらいだった。
　壬生先輩……すごい！
　この曲をこんな風に歌いこなす人をはじめて見たと思う。
　オリジナルの歌手より好きかもしれない。
　だから楽曲が終わったときには、名残惜しさすら感じたほどだ。
「壬生先輩も上手いじゃないですかー！　大人って感じがしていいですねー」
「……ふー、なんだかちょっと緊張しちゃった。もっと本物に似せたかったんだけどねぇ」
　手なんて震えてたよ、と由貴奈は笑った。
「はじめは緊張しますよね。私も最初は緊張しちゃいます、歌ってる最中に緊張なくなりますけどー」
　ちょうどここでドリンクが運ばれてきた。
　これでお互い気負いがほぐれて、あとはふたりきりの、楽しくうるわしい歌合戦となったのである。
　最新のヒット曲が出た。
　映画でおなじみのスタンダードが出た。
　男性ヴォーカルの名曲も出た。
　懐かしめの歌謡曲が出た。ふたりとも幼少期のころの曲なのに、ともによく知っていてヴォーカルを分け合った。
　かと思いきや合唱コンクールでおなじみのあの曲まで出て、これがまた大いに盛り上がった。
「最近、ウィスパーボイスも練習してるんですよー。人前で歌うのは初めてですけど……一曲いいでしょーか！」
　梢はそんなチャレンジもしてみる。歌そのものよりも元の歌手の個性が独特で、再現しきれたかは微妙かも知れないが、最後まで楽しく歌いきることができた。
　次に由貴奈が短めの曲を歌い終えたときである。
　あと五分で時間終了という内線電話が入った。
「あ、そろそろ時間ですねー」
　延長したい気持ちもあるけれど、まだ買い物の途中なので梢は席を立つ。
「こずえちゃんしかいないけど人前で歌うの恥ずかしいものがあるねぇ」
　顔を上気させて由貴奈も部屋を出た。
　でも、と由貴奈は言う。
「カラオケは初めてだったけど、すごく楽しかったー。すごく涼めたしねぇ」
　はいっ、と力強く梢は答えた。
「私もです！　またいつか、フリータイムでフルタイムやっちゃいましょーよ！」
　さてこれで充電完了、と由貴奈は言った。
「さ、まだまだお出かけは途中だよぉ。今度はお買いものにいこーれっつごー」

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