自室の机にランドセルを置くと、三佐倉 千絵は階段を下りながら緑色のエプロンを巻く。
玄関と反対側にある裏口を開けると、そこはゲームショップ『クラン=G』のカウンター裏だ。
やっぱり。
店長こと彼女の父親はそこにいなかった。
「――店長」
苛立ちを声色に出さないのは、接客業店員としての千絵の矜持である。
その声を聞くや、もっさりした風貌の男性がビクッと反応する。
男性つまり店長はカードゲーム対戦用テーブルで中学生と対峙していた。
「仕事」
千絵はぽつんと言い放つ。
「いやあ、そろそろ千絵が帰ってくるから大丈夫かなぁ……なんて」
「店番以外も仕事ありますから。伝票整理、溜まってます」
いやはやなんともとかゴニョゴニョ言って、店長はカードの山を抱え店の奥に引っ込む。
「カプギアのガチャも切れかけです。補充発注お願いします」
追い打ちのように一声かけ、千絵は有線放送のリモコンに手を伸ばす。
それまでかかっていた環境音楽がポップスチャンネルに切り替わった。
――あ、この曲。
好きな曲だ。
昔のヒット曲だという。歌っている人の名前は忘れてしまった。
英語なので歌詞は半分も理解できないけれど、好みのメロディなのでなんだか落ち着く。
パイプ椅子に腰を下ろし、千絵はショーケースに頬杖して半分目を閉じた。
どこかの誰かがどこかの誰かに歌っている曲のはずなのに、なんだか自分に向けて歌いかけてくれているような気がした。
押し戸が開いた。
「いらっしゃ」
まで口にしたところで千絵の言葉は途切れる。
「あ……ども……」
なんとなく物怖じした様子で、
七枷 陣が立っていた。
「取り込み中だったら、時間を空けてまた来るけど……」
そんなことを言う。黙って眼鏡の位置を直した千絵の仕草を、陣はどう解釈したのだろうか。
「い、いいえ」
千絵は立ち上がった。
「いらっしゃいませ。どうぞ」
接客業店員としての矜持をもってしても、口元に浮かぶ照れ笑いばかりはどうしようもない。
◆ ◆ ◆
放課後の音楽室。
夏特有の青白い夕方が、グランドピアノの光沢に混じりこんでいる。
忘れ物を取りに立ち寄っただけなのに――。
なぜだか
佐和崎 紗月は、その光から目が離せない。
いけないことだとは知っているけど。
でも、どうしても、このまま立ち去ることができないのだ。
おずおずと紗月はピアノに近づき、音を立てぬようそっと蓋を開く。
冷たい。
指を乗せた鍵盤は、真夏など知らぬかのようにひやりとしている。
ずっと知っている感触なのに、そう感じたのは背徳感のせいだろうか。
思い切って最初の音を鳴らし、指鳴らしに簡単なフレーズを繰り返す。
やがて興が乗ってきたので『亡き王女のためのパヴァーヌ』、その一番好きな部分を奏でてみた。
最初はずっと遅いテンポで。
だんだん速くしていって、やがて倍ほどのテンポで。
逢魔が時の魔法でもかかったのだろうか。
いけないという気持ちが高まってきて、それなのに楽しくてやめられなくて、いつの間にか紗月はラヴェルの楽曲から飛びたち、自由に変奏を行いはじめる。
有名なクラシック楽曲のワンフレーズ。
中学生のころ発表会で披露したあの曲の、しかも一番難しい部分。
手すさびに作曲した未完成の小曲。
そうして、ちょっと昔にヒットチャートを賑わしたポップスを試してみる。
すると曲に合わせ、鈴が鳴るような歌声が聞こえてくるではないか。
はっと振り返った紗月に、
「いいよ、続けて」
初瀬川 理緒はくすっと微笑を見せる。
「あたしも好きなんだ、その曲。オーディションのときに選んだ曲の一つだし」
ね、もう一度最初から、と理緒は紗月の両肩に手を乗せた。
◆ ◆ ◆
暑い真夏のさなかとて、歌いたくなるときがある。
音楽に身を任せたい夕べもある。
徹夜カラオケで魂を絞り尽くしたい夜もある……と思う。
テーマは歌、もっと広くとって音楽、あなたの歌を聴かせてほしい。
あなたが、音楽とともにあるところを。
マスターの桂木京介です! 執筆中はたいていなにか聴いてます!
七枷 陣さん、佐和崎 紗月さんと初瀬川 理緒さん、ガイドにご登場いただきありがとうございました。
ご参加いただける場合はガイドの内容は気にしなくて大丈夫です。ご自由にアクションをおかけください。
シナリオ概要
なんだか暑い話が続きましたので、気分だけでも涼しい話を考えております。
テーマは歌あるいは音楽です。
舞台も時間帯も自由です。コンサート会場でもギターの弾き語り練習でも、カラオケボックスでもCDショップでも。早朝の体操で流れるBGMでも。
そもそも音楽という言葉にそう縛られる必要はありません。「オマエの悲鳴こそオレの音楽だ!」とかいう解釈も大いに歓迎いたします。
なお、全然涼しくないアクションももちろん歓迎です!
NPCについて
制限はありません。ですが相手あってのことなので、必ず希望のNPCに会えるとは限りませんのでご了承下さい。
といっても登場させる努力はします。
します、が……キミのクラスの一番後ろには『夢オチ』がそこにいたりします。(夢オチになったらごめんなさい、という意味)
※NPCとアクションを絡めたい場合、そのNPCとはどういう関係なのか(初対面、親しい友達、ライバル同士、恋人、運命の相手など。参考シナリオがある場合はページ数まで案内して頂けると大変助かります)を書いておいていただけないでしょうか。
また、必ずご希望通りの展開になるとは限りません。ご了承下さい
それでは、あなたのご参加を楽しみにお待ちしております。
次はリアクションで会いましょう! 桂木京介でした!