S・H・I・P・S｜リアクション

S・H・I・P・S

　思考に耽っていて気付かなかったが――獅子目悠月はまっすぐにオルカ･ヴィヴァルディを見つめる。
　もしかして、ずっと見られていたのか？
　ただの疑念ではない。おそらくその通りだと確信している。
　だとしたら。
　心臓のあたりから、じわっと気恥ずかしさがせり上がってくる。きっとその色は薄い緋色だ。
　けれども悠月を染めんとする感情はひとつではなかった。
　同じく頭の奥から、棘だった怒りが下りてくる。こちらの色はおそらく紅蓮の赤だろう。
　勝ったのは、赤のほう。
　悠月は尖った半眼となる。
「食事もしないでなんだ」
　まずいな、というペールブルーの焦りもあったが、やはり暖かい、オレンジ色の感情にオルカは包み込まれている。
　悠月は強い、とオルカは思った。
　造形だけは繊細そうなのに、強い。
　手を引いてあげなきゃいけないわけじゃないし、守ってあげなきゃいけないわけでもない。
　それでもずっとそばにいたいと思うのだ。こうして、見つめていたいと。
　離れがたい。
　言うならば、影と形のように。
　あるいは、二つに別れた魂のように。
　――好きな人って単純な言葉より、やっぱりMio Destino（我が運命）が一番しっくりくる。
　しかしその想いを打ち明けるより、ずっと簡単で普段の自分らしい言葉をオルカは選択した。

「ん～悠月ってきれいに食べるよねって思って」
「そんなに感心するようなことか？」
　まだささくれ立っている悠月にかぶせるように、
「好きだな」
　とオルカは告げた。
　な……とコンマ五秒ほど絶句して、
「なんだ、いきなり」
　悠月は押し出すようにして言った。
「うん、好きだな～。悠月の食べ方」
　悠月は小さく息をついていた。安堵ゆえか。それとも別の理由か。
「好きって……別に、家がそういうのにうるさかっただけだ」
　視線を外して付け加える。
「そういうお前も、綺麗に食べるじゃないか」
「ほら俺は何でもできるから」
　あっけらかんとオルカは答えて、ほんのわずか間合いを取ってから、ってのは冗談で～と笑いに紛れさせた。
「うちはマードレが意外とそういうのに厳しくてね～。おいしそうにキレイに食べる人の方が女の子は好きだって、きびし～く躾けてくれましたってわけ」
「結局それか、大事なのは」
「それってどれ？　マードレの話？」
「違う。女ウケがどうとか……」
　さあね～、とオルカはたくみにかわして、　
「悠月はそういう食べ方どぉ～？　好き？」
　と尋ね返す。甘えた目で。
　好きという言葉にいくらか囁くようなニュアンスを込めたのは、オルカなりの小悪魔性か。
　――！
「また適当なことを……」
　ふたたびが視線を向けると、降参とでもいうようにオルカは両手をあげた。
「いちいち反応しちゃう悠月はかわいいな～」
　そして笑う。
　囁くように言うのが狡（ずる）い――。
　このとき魚料理が運ばれてきたので、すぐに悠月は言葉を返すことができず、ただ不機嫌そうに夜景に目を向けるほかなかった。
　そういう意図はないんだろが……ああ、くそ。
　気付いてしまったことが恨めしい。
　オルカに対する自分の気持ちを。
　――以前よりポンコツになったんじゃないか。
　己を叱咤したい。自覚したせいで。
　ウェイターが立ち去ったので、落ち着いて悠月は、魚用のフォークを手にした。
　頬を僅かに染め、呆れた様な口調で悠月は告げる。
「まあ……山賊みたいな食べ方の奴よりは一緒に食事をする気になるだろうな」
　残念だが今は、これ以上の表現を思いつかない。

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