【期末テスト】赤点？満点？？灼熱、四日間の死線＜物語編＞｜リアクション

【期末テスト】赤点？満点？？灼熱、四日間の死線＜物語編＞

●歩み出したから

　星ヶ丘寮の豪奢な部屋に、緑がかった黒髪のビスクドールのような姿の三宅葉月が立っていた。
　白磁の指先を滑らせたのはアンティーク調の勉強机。
　その上に載っていたテスト用紙を手に取り、感情のこもらない瞳で一瞥する。
　点数はどれも満点に近い。
　でも、だからと言って嬉しいわけじゃない。誰のために取った点数かわからないから。
　葉月はテスト用紙を机の上にそっと置くと、踵を返してバスルームへと向かった。
　下着は滑らかな肌からするりと落ちた。
　感情のないままシャワーを浴び、湯舟に浸かって汗を流すのは、これからの時間へ向けて身を清める行為。
　下着姿のまま自室に戻り、クローゼットを開ける。
（父と会う）
　例のステッラ・デッラ・コリーナのレストランで。
　それは、葉月にとって、ある種の痛みと覚悟を伴う儀式――いや、戦いだ。
　しばし呼吸も思考も沈黙する。
　クローゼットの中は、モノトーン。ゴシック調の沈んだ色合いのドレスの方が多い。
　その中から葉月は、白を基調としたフォーマルなドレスを選び取った。
　それをベットの上に広げ、身に着けるアクセサリーを選ぶ。
　イヤリング、ネックレス、ブローチ……こちらも出来るだけフォーマルなデザインの、銀や真珠。
　選び終えると鏡の前に座って髪を乾かし、緑の黒髪を櫛（くしけず）る。
　無心でいたつもりが、いつしか思考はこれから待ち構える出来事へと向かっていた。
　これから、父との壮絶な精神上の戦いに臨まねばならない。たったひとりで。
（経営者としては祖父に及ばず、娘には芸術面での才能を祖父から受け継いだことに、身を焼くほどの嫉妬と憎悪に苛まれている、哀しき人。それが私の父。分かり合えないのは自明。何を話しても否定の言葉しか返らないのも自明。互いに激しく傷つけ消耗する結果になるのも自明――ああ、それでも）
　引き返せない。
　もう歩み出したのだから。

「何もかもがわかりきっていることじゃない、何を不安に思うの、森の精霊さん」

　鏡の中の女の子の頬にこぼれた涙をぬぐおうとして、指を伸ばす。
（ううん。気のせい。私は泣いてなんかいない）
　姿見の自分はすっかり身支度を終えていた。
　フォーマルな白のドレスを身に纏った葉月には、自立した大人の女性の風格があった。
　葉月は毅然と部屋を後にした。
　鏡の中の女の子の涙を振り切るようにして。