５月の★ハッピーバースデー｜リアクション

５月の★ハッピーバースデー

★5月10日　白沢絢子のバースデー★

　その日、普堂しおりは桜花寮の女子寮調理場に、寮母の座間トシコの姿と男子寮の畑生言嗣、そしてクラスメイトの、逆巻天野の姿を見つけて立ち止まった。
「あれれ、皆で何してるの？」
　熱心にオーブンの番をする天野の様子を覗き込むしおりに、言嗣が誕生日のプレゼントにケーキを焼いているのだと言う。
「逆巻君の情報じゃ、白沢教諭が今日、誕生日らしいし？」
「え？」
　たちまちしおりが固まり、言嗣が軽く眉を上げた。
「白沢先生の誕生日って、今日だったの！？」
「そう聞いたが？」

「ええぇっ！？」

　確かに、先日お喋りしてる時に、もうじきだと聞いていた。
　だからお祝いをしようと決めていたのに。
「どうしよう、何も準備してなかった……今からじゃ、先生帰っちゃうよね？」
「ふむ。なら、我々と一緒にお祝いを言いに行くというのでは、どうかね？」
　そう提案する言嗣が作っているのは、蕎麦粉のパンケーキである。
　天野の抹茶パウンドケーキも、言嗣に指図されるうちに技術が向上し、今はマーブル模様を描いている。
「一緒に行っていいの？」
「構わないよ」
「大勢居たほうが白沢教諭も喜ぶというものだろう。じきに焼きあがるから、準備して来たまえ」
「うん、ありがとう！」

　そうして、舞台は寝子島高校へ。
　焼き上げたケーキを「お誕生日おめでとうございます」の言葉と共に手渡せば、白沢絢子は幸せな年月を思わせる、ふくよかな笑顔で歓迎してくれた。
「あらあら、まあまあ。私の誕生日、覚えていてくれたのね、嬉しいわ。
　ねえ、せっかくだから皆で食べましょう？　とっておきのダージリンがあるのよ」
「わあ、いいんですか？」
「勿論よ、行きましょう」

　調理室の一画で、四人はテーブルを囲む。
　紅茶は誕生日の主役は座ってください、と言嗣がそつのない手つきで淹れてくれ、それなら私もとしおりが並べたケーキの上に、結局じっとしていられなかった白沢教諭が、たっぷりのホイップクリームを乗せて、驚く生徒達の前で、ペロリと舌を出した。
「私も、とうとう半世紀を生きた事になるのね。本当の事を言うと、自分でもちょっぴりショックだったのよ。
　でもお陰で、そんな気持ちも吹き飛んだわ。皆、素敵な誕生日をありがとう！」
　白沢教諭の満面の笑みに、つられて微笑む。
　ダージリンを一口、口に含んで。天野は頑張ってみて良かった、と思うのであった。

　帰り道。しおりは充足感と共に、もっと気持ちを伝えたいなと考え始めていた。
　先生が遠慮なく受け取ってくれて、喜んでくれそうな物……。
（そうだ！　いろんな形のクッキーを焼こう。調理実習の成果を見て貰おう）
　今日は特別だったようだが、白沢教諭は普段体型を気にしている。
　しおりはネットでカロリー控えめで、健康に良さそうなレシピを探した。
「よしっ！　私、ちょっと買い物して来るね。畑生君、今日はありがと！　またね」
「どういたしまして、だな。張り切りすぎて、転ばないよう気をつけたまえよ」
「うん！」

　買い物から戻ったしおりは、早速、調理場に陣取って、クッキー製作に取り掛かる。
　しおりのチョイスは、栄養価の高い野菜パウダーを使ったもの。
　口当たりの良い、純ココアやレモン果汁入りも狙ってみる。
　バニラ、チョコ、レモン、人参、ほうれん草。カラーもバリエーションも豊かだ。
　先生の事を想いながら。女性が喜ぶ、花や星、ハートで型を抜いて。
「先生の顔も作っちゃおっと。丸い顔に、ニッコリ笑顔。髪はチョコ生地で、フワフワ♪」
　天板の上は、いつしか白沢教諭の柔らかな笑顔で、一杯になっていた。

　翌日。素朴な花柄のギフトボックスに、レースのペーパーナプキンを敷いて。
　綺麗な色のリボンを付けて。
　お店で売ってるようにはいかないけど、焼き色もムラがあるけれど。
　先生、見た瞬間に笑顔になってくれたらいいな。

　放課後、白沢教諭が一息ついた頃合を見計らって。しおりはプレゼントを差し出す。
「家庭科の自主制作課題です、受け取って下さい！」
　感謝を込めて手渡せば、連日のサプライズに驚きと共に、彼女はしおりが期待した以上に感激して見せた。

「先生を笑顔にしてくれる人達と、一緒に食べて貰えたら嬉しいです」
　にっこりと笑う白沢教諭が、しおりを二度目のお茶に誘ったのは、言うまでもなかった。

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