５月の★ハッピーバースデー｜リアクション

５月の★ハッピーバースデー

★5月5日　奈良橋博美のバースデー★

　教室の後ろ。白いチョークが、黒板の上を滑る。
　薄ぼんやりとした明かりの中、チョークを握るのは小学生の時の先生だ。

　“今月のお誕生日”

　大らかな文字で書かれた“5日”の後ろに続くのは、奈良橋博美。
　自分の名前。

　――少し、複雑な気持ち。

　差し込む光に、睫が震えて。
　浅い夢から醒める。博美は猫鳴館の、自室で誕生日の朝を迎えた。
　5月5日。今日は学校は休みで、博美は一人。
　毎年誕生日を祝ってくれた家族も、寮暮らしのため今は会えない。

　燦々と降る日差しの中、博美は大きく伸びをする。
　いつもと同じように支度をし、いつもと同じように体を軽く動かして。
　それでも。頬を優しく撫でる風も、手足を伝わる鼓動も、今日は少し特別に感じる。
「今日はもう切り上げて、ちょっと出かけてみようかな？」
　行く当ては。
「ショッピングモールで、いいか」

　誰か便乗してくれないかな？
　博美は携帯から、ねこったーで呼びかける。

『今日誕生日でさ、これからシーサイドアウトレット行くんだけど。良かったら一緒にどうかな？』

「俺の誕生日、祝ってくれる人募集！　なーんてね。まあ、誰も来なくても泣かないよ」
　でも、応えてくれるといいな。
　期待と不安を携帯と一緒に、ポケットに仕舞いこむ。

　逆巻天野は、スーパーの製菓コーナーに居た。
　今日はもれいびの隠れ家【灯導】で、お世話になっている先輩の誕生日。
　優しく控えめながら支えてくれる彼に、感謝の気持ちを伝えたい。
　自分の誕生日に、育ててくれた和尚様が「おめでとう」の言葉と共に、花をくれたことを思い出して。
　一旦は花屋の前に行くも、皆がもし同じ事を考えていたら、花だらけになってしまうかもしれないと考え直す。
「花よりも、消耗品？　手作りのがいいのか？」
（……って不器用なんだよな、僕は）
　見た目だけは器用そうな我が手を、じっと見つめる。
　それでもと熟考の末、修行の一環でもあった料理なら、自分にも出来ると思い当たったのである。
　携帯でレシピを検索してみる。
「ぱうんどけーき……量って、混ぜて焼くだけなのか。よし、これにしよう。
　5月だから、抹茶フレーバーにしようかな」
　早速、必要な材料と器具を揃え。ラッピング用の袋やフィルムを品定めしている所で、畑生言嗣と鉢合わせた。手にした買い物籠が、ちょっと気まずい。

「おや、逆巻君じゃないか。奇遇だね。まさか君と製菓コーナーで会うなんて、夢にも思わなかったよ。
　……で、何をしているのかね？」
「やあ、畑生。何って、買い物に決まってるじゃないか。君こそ製菓コーナーなんかで、何してるのさ」
「ふむ、私は青野君が誕生日だと聞いてね。しかし他にもいるというらしいじゃあないか。これは困ったね？」
　言嗣はジト目で睨む天野に、事も無げに誕生日のプレゼントに、蕎麦粉でパンケーキを作るのだと答える。
「なんだ、僕と一緒か。じゃあ丁度いいな。
　パウンドケーキを包むものを探してるんだけど、センスにいまいち自信がなくて。
　畑生、アドバイスもらえるかい？」
「お安い御用さ。こういうのは売っている物を、参考にすればいい」

　言嗣にあれこれ助言をもらい、買い物を済ませて、天野は猫鳴館に戻る。
　言嗣もそのつもりのようだが、誕生日を迎える知り合い皆に作ろう。そう決めたら大荷物になった。

「確か、奈良橋も誕生日なんだよな」
　ねこったーを見るまでもなく、天野はその事に気づいていた。

「さて」
　散らかりっぱなしの、狭い台所。誰のものだかわからない器具を洗って片付けるのに、地味に時間がかかってしまったけれど。いい具合に、バターが室温に戻った。
「やるか！」
　気合と共に、たすきをかけると。天野は自分の戦場に立った。

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