真夏の...Ahh！｜リアクション

真夏の...Ahh！

　お赦（ゆる）しください。
　この言葉を使うことをお赦しください。
　いわば忌み言葉、フォービドゥン・ワード。
　禁じ手ではあるがもう使うしかないのであるよ。
　その言葉とは……。

　暑い。
　
　……つまり、そういうことだ。
　使えば使うほどHotter than Hellになりそうなこの言葉だったがもう使うしかない！　今の小山内海に、使う以外の選択肢は考えられない！
　暑い。
　その言葉が太字フォントで海の脳内に浮かんだ。　
　ひとたびイメージしてしまうとするともう止まらない。
　暑い暑い暑い暑い暑い暑い暑い暑い暑い……。
　ドリルを持つ鋼鉄アリが巨大ダムに開けた深い穴のごとく、言葉の流出が止まらないっ……！
　暑い暑い暑い暑い暑い暑い暑い暑い暑い暑い暑い暑い暑い暑い暑い暑い暑い暑い暑い暑い暑い暑い暑い暑い暑い暑い暑い暑い暑い暑い暑い暑い暑い暑い暑い暑い暑い暑いあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあーつーいー！
　海はベッドから転がり落ちそうなほど身悶えした。
　そして、もっと暑くなったのだった。
　七月、それも中旬、炎熱の時期が到来していた。なるほど熱中症続発の報も、実体験として理解できる。数本のたいまつでじりじり、じっくりたっぷりと炙られている気分だ。
　朝起きたばかりだというのにもう暑い。
　正確には、暑さのあまり眠り続けることができなかった。
　桜花寮には三種の部屋がある。冷房がある部屋とない部屋と……あるけど壊れている部屋だ！　彼女のいるこの部屋は、悲劇的なことにその三番目だった。扇風機という旧世界のマシンはあるが、焼け石に水滴を垂らしたほどの効果すらもたらしていない。むしろそのモーターから発する熱で、ますますもって不快のボルテージを上げているような気がする。
　なにこの暑さ！　と海は、汗びっしょりになった背の髪を払いのけようとした。でもはねのけられない。びっちゃりと首筋に貼り付いている。なぜって髪は、水を吸ったカーテンみたいになっていたから。
　すごい汗なのだ。寝て起きただけで体重が３キロくらい減ったのではあるまいか。
　海は這うようにして冷蔵庫に向かい、２リットルも入るプラスチックボトルを取り上げた。冷え冷えの麦茶をグラスに注ぎほとんど一気にあおると、とりあえず人心地だけはつくことができた。
　――今日は外にスケッチに行こうかと思ってたけど……。
　カーテンの隙間から空を見上げる。
　殺人者のような陽射し。青すぎるくらい青い空。怪獣みたいな入道雲。
　まだ午前中なのに外はもう戦場のごとくだ。
　戦場といっても本当の戦場は市街戦……こちらはまあ、紫外線だが……。
　この暑さのなか外に出かける気力はさすがにないかなぁ、と思いため息をつく。
　予定変更もやむなしといえよう。というか、決行したら戦死しかねない。
　決めた、ともう一杯麦茶を飲んで海は畳にあぐらをかいた。
　今日は部屋で何か描こう！
　スケッチブックもペンもイマジネーションも、ぜんぶこの部屋にあるのだから。

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