【海開き】賑やかな夏のはじまり｜リアクション

【海開き】賑やかな夏のはじまり

　葉利沢倫理子は生温かい場所に浮いていた。ぼんやりとした顔で柔らかそうな天井を眺めていた。ゆらゆらと揺れて仄かに明るい。目に優しく、平静を保っていられる。
　身体が僅かに浮上した。少し目を細めて両手を広げる。受け入れる姿勢となった。
　そこに声が聞こえてきた。辺りに反響して内容はわからない。声質は高く、下品な笑い声が挟まる。
　倫理子は身を縮めた。両膝を抱えて丸くなる。浮遊感は失われ、ゆっくりと下降を始めた。深い水底へと自らを沈めていった。
　代わりに悪意が目を覚ます。
　デッキチェアで寝ていた倫理子こと、Maliceが上体を起こす。騒音の原因に見下したような眼を向けた。
　茶髪の青年が媚びたような笑みで懸命に誘う。相手は朝鳥さゆる。その美貌にMaliceの表情が僅かに歪む。
「お、こっちの美女も目覚めたようだ。どうよ、俺の愛車に乗ってみない？　広いし、冷蔵庫完備だよ」
「シートは全部、倒れてキングサイズのベッドにもなるのよね」
　Maliceは下唇にゆっくりと舌を這わせた。若い青年は身震いを起こし、強張った笑みとなった。
「そ、その通りだよ。よくわかっているね。で、二人はどうかな？」
「たった一人で極上の女二人を相手にできるのかしら」
　Maliceは挑発的な言葉を口にして笑う。
「一人じゃないよ。車に友人を待たせている。駐禁とられるのが嫌だからね」
「そう、あなたはどうする？」
　Maliceはさゆるに目を合わせた。
「ヒマだからね」
　さゆるは立ち上がった。Maliceも続く。
　青年は一瞬、驚いたような顔となった。
「こちらです。そう遠くはないので。車の中は快適ですよ、はい」
　鼻の下を伸ばした青年は低姿勢で道案内に努めた。