【海開き】賑やかな夏のはじまり｜リアクション

【海開き】賑やかな夏のはじまり

　羽生碧南は海の家の更衣室から出てきた。軽くポーズを決めて歩き出す。
　――悩んだ末に選んだ水着が去年と同じ。縁があるってことなのかな。似合っていると思うから、いいんだけど。
　堂々とした足取りで砂浜を歩く。目が周囲を窺う。美形の男子を目にする度に鼻息が荒くなる。
　感極まった様子で足を止めた。
　――素材は十分に集まったわ。私だけの夏が今、始まるのよ！
　一瞬、激しい身震いを起こし、遠くを眺めるような目となった。

「少し待たせちゃったかな」
　碧南は初々しい表情を見せる。青い空と白い波をモチーフにしたビキニが目に鮮やかに映る。デッキチェアに寝ていた金髪の男が嵌めていたサングラスを外す。切れ長の赤い目がすらりとした肉体を捉えた。
「恥ずかしいよ」
「碧南、素敵だ。いつまでも俺だけの女神でいてくれ」
「そ、そんなこと……うん、いつまでも素敵な貴方の、女神でいさせて……」
　桜色に染めた頬で、そっと手を伸ばす。男は途中で掴み、手の甲に口づけをした。
「行こう。俺達の海へ」
「連れて行って、どこまでも」
　二人の視線は絡み合う。交互に指を挟んで手を繋ぎ、海に向かって走り出した。
　白い波を蹴った。
「きゃ、冷たい！」
　男は手を離した。腕白な少年となって碧南に海水を浴びせる。
「やったなー」
　笑顔で応戦した。濡れた二人は見つめ合い、どちらともなく海に駆け出した。
　青い世界に二人は包まれた。海面から降り注ぐ、光の柱が荘厳な雰囲気を醸し出す。
　二人は深く潜った。横並びで泳ぎながら手を繋ぐ。そして緩やかに浮上。同時に海面に飛び出した。
　男は笑って言った。
「海では女神じゃない。人魚姫だね」
「貴方はどこにいても、素敵な……」
「素敵な何かな」
　男は微笑みながら身体を寄せてきた。碧南は目を細めて僅かに唇を開いた。

　碧南は独り、砂浜に立っていた。微睡むような目を海に向けて、グフフ、と奇妙な笑い声を漏らす。脳内乙女ゲームの主人公となって忘我の域に達していた。
　物語が加速すると同時に独り言が多くなる。
「焼きそばであーんなんて、恥ずかしいよぉ」
　全身を小刻みに震わせる。
「口移しでジュースなんて……」
　蛸のように唇を尖らせた。グフフ、と奇妙な笑い声が止まらなくなる。
「碧南ちゃん、なにがそんなに楽しいの？」
　スクール水着の野々ののこが手を掴んで揺らす。
「ふぇ？　ええっと、それは」
　見る見る赤くなる顔で懸命に笑顔を作る。
「ののちゃん、その水着、かわいいね！」
「スクール水着はぴったりで動きやすいし、学校にいるみたいで楽しいよね！」
「ののちゃんらしいね！　それより、海に入ろうよ」
　碧南は巧みに話題を逸らした。ののこの興味を海へと向かわせる。
「ばしゃばしゃざっぶーんが、気持ちいいよ！」
　ののこは両腕を広げて海へと走り出した。
　碧南は伸びやかな四肢で追い掛ける。
　――妄想とは相手が違うけど、これもありかな。
　波を蹴散らし、時に海水を掛け合い、最後は海に頭から飛び込んでいった。
「海にきたら、ばっひゅーんって泳がないとね！」
「競争ね。いいわよ。負けないんだから！」
　ののこは、うりゃー、という掛け声で泳ぎ出す。全力の犬かきであった。
「なんでよー」
　碧南は苦笑した。のんびりと平泳ぎで付いていく。
　――スクール水着を見ていると、どうしても学校関連のことが頭に過るのよね。テストが近いんだけど……気にしたら負けだ！
　胸中とは裏腹に自然に力が入る。平泳ぎからクロールに変化した。
「うらあああ！」
　碧南は海を断ち割る勢いで泳ぎ始めた。