チャ・レ・ン・ジ、しましょ♪｜リアクション

チャ・レ・ン・ジ、しましょ♪

　それは、放課後、寝子高の廊下でのこと。
　開け放たれた窓からぴるるっと風が吹くや、御巫時子はもう、我慢がきかなくなった。
　――今すぐ、実験がしたい！！
　そんな想いが、時子の胸の内で、季節外れの暖炉の火のように燃える。
（でも、近くに実験道具などありませんし、先生はいらっしゃいませんし……）
　少ししたら収まるでしょう、と、時子は一つ深呼吸をした。
　放課後に、或いは授業で実験に触れる機会はある。
　けれど、こんなにも実験がしたくてしたくて、うずうずするなんて。
　困惑に少し眉を下げたところへ、
「おや？」
　と、耳に馴染んだ声が聞こえた。
　ぱっと、顔を上げる。
　こちらに向かって歩を進めていた五十嵐尚輝先生が、「どうも」と小さく笑った。
　どきり、と、時子の胸が跳ねる。
（もう、この想いを伝えずにはいられません……！）
　抑え切れない激情のままに、時子は、「尚輝先生！」と彼の名前を呼んだ。
「？　はい、何でしょうか」
「尚輝先生、実験をさせてください！」
　時子の眼差しは、真剣そのものだ。
　五十嵐先生は少し驚いたように瞳を瞬かせて、けれどすぐに我に返ったらしく、
「今からだと……簡単なものになりますが、構いませんか？」
　と、口元に手を宛がって、時子に尋ねた。
「はい、どんな実験でもいいんです！　やらせてください！」
「では……そうですね、他は僕が実験室で整えておきますので……」
　――御巫さんは、レモンを幾つか、買ってきてくれませんか？
　続いた言葉に、きょとり、時子は首を傾ける。
「レモン、ですか？」
「レモンです。手軽で有名な実験ですが、急遽ということなので、今回はこれでと」
　かくして、時子は五十嵐先生に言われるがまま、レモンを買いに急いだ。

　そして、暫くのあと、実験室にて。
　とす、と、五十嵐先生が、レモンを半分にカットする。
　同様のものを３つほど並べて、何やら金属の板をクリップに挟んだリード線をレモンに刺していけば――、
「わ……！」
　同じくリード線に挟んでレモン達と繋げた電球が、あわあわと光った。
「レモン電池、というやつです。聞いたことがありませんか？」
「そういえば、何となく聞き覚えがあるような……でも、本当に、こんなふうに光るんですね」
　まじまじと、電球の光を見つめる時子。
　五十嵐先生が、少し、笑った。
「では、御巫さんも実験してみましょう」
「は、はい！　よろしくお願いします……！」
「はい、よろしくお願いしますね。さて、これは、こちらとこちらで、異なる金属を用いているのが……」
　五十嵐先生の話を真面目に聞いて、レモンに、リード線と繋がった金属板を刺していく。
（授業と違って、静かな環境で実験すると落ち着いた気持ちでできますね）
　なんて考えながら作業をしているうちに、時子の電球も、ちらと光った。
「わ、ちゃんと光りました……！」
「ええ、よくできました。楽しんでもらえましたか？」
「はい。達成感があるというか……ちょっと、はまってしまう気持ちが分かったかもしれません」
「それは良かったです。あ、このレモンはもう食べられないので、気をつけてくださいね」
「え？　それは、どうして……」
　２人の実験の時間は、もう少し、続きそうだ。

　窓の外が、夕焼けに赤く染まっている。
　帰り際、時子は、五十嵐先生へと、ぺこりと頭を下げた。
「尚輝先生、急に実験がしたいと言い出してしまって、すいませんでした……」
「いえいえ。御巫さんに面白いと思ってもらえたなら、甲斐があります」
　恐縮しながらも、「とても楽しかったです」と真っ直ぐに伝えれば、
「それは重畳でした」
　なんて、五十嵐先生は、ふっと前髪の奥の目元を和らげたのだった。

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