校外学習のアツイ一日｜リアクション

校外学習のアツイ一日

　大半の生徒が涼しげな場所を選ぶ中、篠原翠響はジャージ姿で九夜山へと向かう。背中のリュックは重そうに揺れていた。
　山が間近に迫る。ロープウェーの登山道入口駅は無視した。
　翠響は山道の手前で足を止めた。リュックの側面のポケットから虫除けスプレーを取り出した。掌に噴霧して両手で擦り合わせる。首や顔に丁寧に塗り付けていく。
「これでいいわ」
　ポニーテールを揺らしながら山道に踏み出した。
　ゆっくりとした歩みで植物に目を注ぐ。黄色い花を見つけた。花弁が細く、線香花火を想像させる。
　翠響はリュックを下ろした。中から植物図鑑を取り出し、パラパラと頁を捲る。
「これかな」
　写真と実物が一致した。図鑑からスケッチブックに持ち替えた。画用紙の上部に『夏休みの自由研究』と鉛筆で書いた。
　早速、写生を始める。素早く実物を画用紙に収めていく。特徴的な花弁や花芯は精密に描いた。五分程度で描き終わる。会心の笑みが出来栄えを物語っていた。最後の仕上げとして下部に『マルバダケブキ』と図鑑の名を添えた。
　――校外学習を利用して、夏休みの自由研究も終わらせる。悪くない考えよね。
　にんまりとしてスケッチブックをリュックに戻し、背負い直す。やや上を向いて歩き始めた。
　右手の岩肌に目が留まる。一部が黒く変色していた。よく見ると亀裂から水が染み出している。
「これはパス」
　高木が密集したところに入った。野鳥の囀りが聞こえる。翠響は目を細めた。音を頼りに探してみる。
　悔しそうな顔で軽く頭を振った。
　笛を吹くような音が聞こえてきた。目を向けると一頭の牡鹿がいた。黒い目でこちらの様子を窺っているようだった。
　翠響は刺激しないようにゆっくりと動いた。音を立てないでリュックを足元に下ろし、スケッチブックを取り出して開く。牡鹿を直視しない状態で画用紙に鉛筆を走らせた。細かい部分は瞬間の横目で補った。
　牡鹿は突然、走り出す。木々の合間を素早く抜ける。数秒で姿を消した。
　翠響は息を吐いた。持参したペットボトルの水で乾いた喉を潤した。
「危なかったわ」
　スケッチブックには雄々しい姿が描かれていた。
　一息入れた後、翠響は移動を開始した。
　――校外学習のあとは新体操の練習が待っているわ。関東ジュニア大会の予選が近いから少しピリピリしていたんだけど。
　表情が柔らかくなる。
「いい気分転換になるわね」
　力強い足取りとなった。