校外学習のアツイ一日｜リアクション

校外学習のアツイ一日

　月守輝夜は旧市街の自宅に大急ぎで戻ってきた。有給休暇で家にいた父親にせがんで釣りに関連する道具を借りた。川釣りのコツを教わる時間はないのでメモ帳に書いて貰う。
　その間にリュックを用意する。本棚からは魚類図鑑を引っ張り出した。水筒にはお茶を注ぎ入れる。座る部分が布で出来た折り畳み椅子も用意して、まとめてリュックの中に詰め込んだ。
　収まり切らない竿は手に持った。
「いってきます！」
　長い髪を乱れさせて家を飛び出す。
　向かう先には青木慎之介がいた。爽やかな笑顔を見せる。
「月守、もっと気楽でいいじゃん」
「私が慎之介くんを釣りに誘ったのに、あまり待たせたら、悪いし……」
「ハリーじゃなくてスローで行こうぜ、な！　それと荷物は俺に任せろ」
　二人は天宵川を目指し、シーサイドタウンを抜けて星ヶ丘に入った。
「ここらに道があったよな」
　繁みの中にそれらしい道を発見した。二人は手を握って奥へと入っていった。
　間もなく下流域に出た。川幅はやや広く、流れは穏やかであった。
「月守、どうする？　もう少しワイルドな川がいいなら上流なんだけど」
「ここでいいと思う」
「そうか。あそこから川に下りようぜ」
　なだらかな斜面を二人は下りていった。
　慎之介は笑顔で方々を見回す。
「どこで釣りをするんだ。川の広いところがよかったりするのか」
「今日は暑いから日陰かな」
「じゃあ、あそこだな！」
　目を向けた先には木々が生い茂る。川原の半分以上を陰が占めていた。
「釣りの用意をするね」
　輝夜はにこりと笑う。慎之介が下ろしたリュックの中から二脚の折り畳み椅子を取り出し、横に並べて置いた。手で安定性を確かめると持参したメモ帳を開いた。
　慎之介は溌剌とした声を掛けてきた。
「釣りの極意が書かれているとか！」
「そう思ったんだけど、これってどうなのかな」
　弱々しい笑みで輝夜はメモ帳を見せた。
『釣りのほとんどは待ち時間。心を平静に保ち、気長に待つことが肝要である』
　覗き込んだ慎之介は笑顔で言った。
「待ってれば釣れるってことじゃん！　この川ってきれいだからな。魚もたくさんいるんだろ」
「そうだね」
　相手の明るさに釣られて輝夜は微笑んだ。
「これが私ので、こっちが慎之介くんの釣竿だよ」
「シンプルだな。リールはないし、ルアーはなんかペラペラだな」
　慎之介は銀色に光る平たいルアーを指で弄りながら言った。輝夜はメモ帳の別のところに目を通した。
「竿はへら竿でトラウト用のスプーンって種類のルアーらしいよ」
「ま、どんなもんでも釣れればいいよな！」
　早速、ルアーを勢いよく川面に投げ込んだ。慌てて輝夜が続いた。
　二人の会話が途絶えた。黄色い浮きが流れていく様子を眺める。
　輝夜の浮きが上下に動いた。
「慎之介くん、来たみたい！」
「まだじゃないのか」
「そうなの？」
　会話が途切れる。輝夜は浮きに集中した。上下の動きが激しくなる。竿を強く握り締めた。緊張は硬い表情に表れていた。
　浮きが見えなくなった。
「浮きが沈んだけど、まだなのかな？」
「それ、来てるじゃん！」
「え、そうなの！？」
　横手からの声に輝夜は慌てて引き上げた。小さな魚が掛かっていた。体長は十センチ程度。銀色に光り、黒い側線が見られた。
「入れ物、用意してなかった！　慎之介くん、お願い！」
「マジか！」
　リュックから容器を引っこ抜き、急いで川の水を注ぎ入れて戻ってきた。魚を入れると備え付けの空気ポンプを稼働させた。
「ありがとう」
　その後、魚類図鑑で調べた。モツゴという種類の魚であることがわかった。
　輝夜はにこやかな表情で竿を握り、再びルアーを川に投げ込む。
「びっくりしたね」
「俺の台詞だよ。お、来たか！」
　慎之介の竿の先端がしなる。横に引いてから真上に釣り上げた。
「虹色っぽいな！」
「さっきのとは違うね」
　輝夜は魚類図鑑を開いた。パラパラと捲っていた手が止まる。
「オイカワって書いてあるよ」
「ムツゴより、少しだけビッグだな」
　容器に入れて見比べる。二人は笑みを交わし、また釣りへと戻っていった。
　吹く風が冷たくなってきた。空にはオレンジ色が流れ込んでいた。
　二人は帰り支度を始めた。来た時と同じように慎之介がリュックを背負う。僅かに膝が曲がった。
「大漁の重みを感じるぜ！」
「慎之介くん、私の家に寄っていって。今日の魚を天麩羅にするから」
「ごちそうになるよ！」
　屈託のない笑顔で快諾した。先に慎之介が歩き出す。
「……お父さんがいるけど」
　呟いた輝夜は小走りで横に並んだ。僅かに色付いた頬で軽く息を吐いた。

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