少し、昔の話をしよう｜リアクション

少し、昔の話をしよう

　木天蓼市内に位置する、ヒュー・ヒューバートの自宅アパートにて。
　ヒューと城山水樹は、向かい合って夕飯を食べ終え、談笑していた。
　２人のかんばせは、明るい色に彩られている。
　互いに仕事がオフだったため、今日は、仲睦まじい恋人同士のおうちデートである。
　とくれば、笑顔も、話の花も幾らともなく咲いた。
「それでね……あっ。そういえばこの間、清佳……中学時代からの友達から連絡が来たの」
「へえ。どんな話をしたのかとか、聞いてもいいかな？」
「うーん、とりとめもなく色々だけど……」

「高校生の時のこと、思い出しちゃったわ」
　かくして、懐かしさに胸をあたためながら、水樹は語る。
　自分の原点とも言える、高校時代の思い出を。

◇

「はあ……」
　水樹の唇を、その日何度目になるかもわからないため息が揺らす。
　水樹は、寝子高に通う高校２年生だ。
　青春という言葉がよく似合う年齢だが、夏休みを、水樹はずっと冴えない顔で過ごしている。
　夏休み前、所属していたバスケ部の試合中に、水樹は引退を余儀なくされる怪我を負った。
　中学生の頃から、ずっとバスケットボールに打ち込んできた水樹である。
　それだけに、目標も、その他の色々のものも纏めて取り落としてしまった今が、心許ない。
　抜け殻、というほどではないけれど、それでも、
（まるで、勢い良くとび降りてる最中に、何かに引っかかって宙ぶらりんになったみたいな……）
　そんなもどかしさと、何をどうすればいいのかわからない不安定な感覚。
　それらが、水樹の夏休みには付き纏っていた。
　そんな日々が続いていた時分の、ある日のこと。

「……ねえ、水樹ちゃん？　水樹ちゃん、聞いてる？」
　家に遊びに来ていた友人――橘清佳の声に、水樹はハッと我に返る。
「あ、ごめん。ちょっと、ぼうっとしてて……」
　水樹が謝ると、清佳は、愛らしい顔に「やれやれ」とでも言いたげな色を乗せた。
「こりゃ、ダメだね。水樹ちゃんったら、気の抜けた炭酸水みたいにぼんやりしてるんだから」
「ごめん……」
「謝ってほしいわけじゃなくてさ……そうだ、水樹ちゃん、ちょっと、出掛けようよ」
「え？　今から？」
「いいじゃん、夏休みなんだからさ。ね？」
　明るく笑って、清佳は、水樹を半ばは無理矢理に外へと連れ出した。
　連れて行かれた先は、寝子島シーサイドアウトレットだ。
「水樹ちゃんはいい素材持ってるのに、部活やってた頃はまるでダサダサだったんだから」
　清佳はそう言って、水樹の為に、服から小物まで、あれこれと見繕ってくれた。
「今付き合ってる彼氏を驚かせちゃお☆」
　クラスのおしゃれ番長である清佳の見立てはバッチリだった。
　清佳がコーディネートした衣装に次から次へと着替える度、これまでとは違う自分が顔を覗かせる。
　驚きのあまり、暫くは声も出なかった。
「ね？　どう？」
　清佳が、楽しげに弾む声で尋ねる。
　小さく震える声で、水樹はやっと、その言葉に応じた。
「ウソみたい……これが、私？」
「いい素材持ってるって言ったでしょ？　ほんと、勿体ないなあって思ってたんだよね」
「……体育会系の部活やってると、どうしてもおしゃれとか気が回らないのよね……」
「ま、わからなくもないけどさ。そうだ、折角だから、髪も伸ばしてみなよ」
　清佳の言葉に、水樹は、自身のショートヘアを軽く撫でる。
「……お手入れとか、できるかしら」
「大丈夫大丈夫！　この夏休みに、おしゃれの基本から応用まで、私が徹底的に仕込んであげるから！」
　清佳が、とん、と胸に手を当てるのを目に、水樹は、少し笑った。

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